宝石色の瞳
「質問してもよろしいですか? 食事って、どちらに行かれるのでしょうか」
クロッカス殿下にエスコートされながら尋ねる。
正直、もう出かける気力もないんだが。
「ああ、外だと余計に気を使うだろう。また妙な噂になっても困るからな。料理人を屋敷に呼んである。気兼ねなく食事を楽しんでくれ」
しれっと返されたが、王族ともなると屋敷に呼んで作らせる選択肢があるのか。
やっぱり規格が違うな。
格式高いお店に連れて行かれても、緊張で必死に思い出したマナーにボロがでそうなので助かるけども。
ほっとしていたら、横からアンバーが口を挟んできた。
「王宮の料理人を呼んであるので腕は確かですよ。ご安心を」
王宮の料理人なんて、一流も一流だ。それをわざわざこの為に?
申し訳なさすぎる。また胃が痛くなってきた。
そんな私を見かねたように、クロッカス殿下の隣にいるグレイ隊長が話しかけてきた。
「料理人って言ってもな、アンバーと同じ所属だ。どうせ誰かさんが手を回してるんだ。気にするな」
同じ所属って『王の影』の事か。本当に何処にでも潜んでるんだな。
しかし、誰かさんって院長か? あの人、職権濫用し過ぎでは?
考えていたら、フラックスが壁に寄りかかって待っているのに気づいた。
先に気づいていたらしいクロッカス殿下が声をかけた。
「フラックス。どうした?」
「俺からの礼がまだだったので。...サクラ、この前の礼だ。受け取ってくれ」
差し出されたのは両手の平に収まる小箱だ。
フラックスの言い方はぶっきらぼうだが、照れ隠しなのが見え見えだ。ちょっと可愛いな。
フラックスの面子も考えてここは素直に受け取る。
小箱を開けると、藍色の宝石のついたネックレスが入っていた。繊細な飾りが大粒の宝石の魅力をより引き立てている。
これはサファイアでは?
震える手で蓋を閉めて、小箱をフラックスに差し出す。
「こんな高価な物、いただけません」
こんな物をポンと気軽に渡すんじゃない。見た瞬間、血の気が引いたわ。
「高価? 大したものじゃない」
「そうだな。普段使い出来る物だ。受け取ってやれ」
本当か??? 貴族と王族の価値観で『大したものじゃない』は信用できないぞ。
助けを求めて、庶民の味方であるグレイ隊長をチラ見する。
案の定というか、グレイ隊長は若干引いた顔でフラックスを眺めていた。私の視線に気づいて、困ったような笑みを見せる。
「まぁ、その、なんだ。盗まれないようにな」
「後でご自宅に魔法錠のついた金庫でも送りますよ」
アンバーまでそんな事を言うなんて、やっぱり高い物じゃないか。
しかし、この宝石の色。どこかで既視感があるような。
再度蓋を開けてまじまじと見つめていたら、クロッカス殿下が感心したように頷いた。
「サクラの瞳の色と同じ色だ。よく探してきたな」
「別に、偶々です」
フラックスは照れたように顔を背ける。
自分の瞳とこんな綺麗な宝石と並べられるなんて、恐れ多すぎる。
むしろ―――
「私は殿下の瞳と同じ色に見えるのですが」
クロッカス殿下の動きが止まった気がした。
しかしそれも一瞬で、殿下は私の瞳を見つめて笑顔を作った。
「ああ、そうだな。……私と同じ色をしているからな。サクラの目は」
嬉しそうな、哀しそうな、複雑な感情が込められた笑みだった。
知らず、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
―――そんな顔しないで、 。
頭の奥の方で、そんな小さな声が聞こえた気がした。