初対面
アンバーは女性の支度には時間がかかると言ったが、エステやらなんやらで別邸に到着してから数時間は経過している。時間かかりすぎでは。それとも貴族的にはこれが普通なんだろうか。私には絶対に無理な生活だ。
エステで身体はリフレッシュしたはずなのに、精神的には相当疲労している。帰りたい。
そんな事を考えていたら、再び扉が開いて誰かが入ってきた。
今度は誰だろうと首を動かすと、そこにはクロッカス殿下とグレイ隊長がいた。
思わず曲がっていた背筋が伸びる。
ラスボス陣営が勢ぞろいだ。
クロッカス殿下は私に目を止めると、穏やかに微笑んだ。
「サクラ。いつも愛らしいが、今日はまるで雪解けを呼ぶ春の妖精のように可憐だな」
さらっとそんなセリフ言える王子様すげぇな。
照れるとか通り越して感心する私が礼を口にする前に、能面のような顔のアンバーが口を挟んできた。
「殿下。昔からですけど、他意もなくそういう事を言うのは止めていただけませんか。勘違いの元になります」
「私は本当の事しか言ってないぞ」
首を傾ける殿下に対して、アンバーは頭が痛いみたいな顔で額を押さえる。
「そもそもですね。フラックス様が来るなら先に言ってください。当日に言われても困ります」
「悪い。でも話し合える機会があるなら。それにお前ならなんとかしてくれるだろう」
「なんとかしますけど、それとこれとは話が別です」
なんだか夜中に急に家に同僚を連れてきて怒られるお父さんみたいな図になってる。
そもそもアンバーは『王の影』としてクロッカス殿下が国に反逆したら殺すように命じられて仕えてると言っていた。でも今の彼も、水鏡で見た過去の彼もそんな様子は微塵も見当たらない。
どっちが本当のアンバーなんだろうか。
「大丈夫か、嬢ちゃん。ぼうっとして」
考えていたらグレイ隊長が声をかけてきた。
「慣れないことして疲れてるだろ。気楽にとはいかないだろうが、何事も経験だと思って少しは楽しんで乗り切れよ」
「はい……」
私を気遣ってくれるのは庶民派のグレイ隊長だけだ。ひょっとしたら似たような経験があるのかもしれない。
「そういえば、グレイ隊長は殿下に何年くらい仕えてるんですか?」
ふと気になって尋ねてみた。
あの水鏡の映像からしても10年は仕えてそうだ。
グレイ隊長は腕を組んで思い出すように視線を宙に向けた。
「18年だな」
「18年!?」
私がこの世界に生まれる前からじゃないか。思ったより長かった。
「言っておくけど、アンバーの方が先に仕えてたんだぜ。一か月くらいの差だけどな」
「そうなんですか……」
グレイ隊長にしろ、アンバーにしろ、長年の信頼関係があるって事か。
殿下が水鏡で『妻と部下二人がいればいい』って言ってた部下ってこの二人のことだろうし。
そこで殿下への小言が終わったアンバーが楽しそうに口を挟んできた。
「そもそもグレイは初対面で殿下の胸倉を掴んで殴りかかろうとしてきたんですよ」
「え!?」
王族に対してそんな事したら、不敬罪で首が飛ぶのでは?
驚いてグレイ隊長を見やると、気まずそうに視線を逸らされた。
「あの時は自暴自棄になってたっていうか……。それでもお前よりマシだろ」
「そうだな。アンバーは初対面で私を殺そうとしてきたからな」
クロッカス殿下が懐かしそうな顔でとんでもない事を言い出した。
対してアンバーも珍しく目元を緩めて頷く。
「ええ、懐かしいですね」
「そんな微笑みながら懐かしむ内容じゃないんですが」
上には上がいた。不敬罪どころか殺人未遂だ。
しかも全く悪びれた様子がない。面の皮が厚い。