エステコース
「どうして貴方が知っているんですか? 話した覚えはありませんが」
フラックスに連れてこられたのは前も訪れた殿下の別邸だ。そこにはいつもの笑顔のアンバーが待ち構えていた。
「クロッカス殿下に聞いた。母上の件の礼なら俺も同席したいと頼んだら快諾してくれたぞ」
確かに殿下なら世間話の延長で話してくれそうだ。
それはいいとして、アンバーが隠れて舌打ちした気がしたんだけど気のせいか? 気のせいじゃないな、アンバーだし。
「それは後で殿下に確認させていただきます。サクラさんはどうぞこちらへ。女性は支度が多いので一度失礼させていただきます、ブルーアシード様」
言うが早いか、アンバーに首根っこを掴む勢いでフラックスから離された。具体的に言うとアンバーの横に移動させられた。
猫じゃないんだから、もう少し丁重に扱ってほしい。
フラックスがアンバーを睨むが、アンバーは全く意に関していない笑顔だ。
空気がこれ以上悪くなる前に、私は口を挟んだ。
「支度って言っても、私は何も持ってきてないんですが」
今も仕事着のままなんだけど、流石にこれじゃダメでしょ。
しかし殿下からは前もって何も準備しなくていいと言われていた。それはそれで怖いんだけど。
「用意はしてありますのでご心配なく」
用意? 誰が? 何を?
アンバーの笑顔が庶民の私には怖い。
怯える私をしり目にフラックスは思案顔になる。
「殿下が用意してくれたのだと思うから、そこは心配してないが……。何かあったら呼べよ」
そう言って相変わらずアンバーを睨むフラックス。
いや、殿下が用意してくれたとしても、それはそれで怖いんだけど。
だってきっと多分お高い物では? 王族の基準だぞ。
そしてアンバーに対する信用がゼロだな。仕方ないけど。
対してアンバーは肩を竦める。
「私はサクラさんに無体なことはしませんよ。殿下に怒られますので」
「殿下に怒られる以外のストッパーはないんですか?」
「ありますよ。揚げ足を取らないで下さい。偶々一番に出てきたのが殿下だっただけです」
怒られることが第一に出てくる時点で、アンバーはそれが一番重要だと思ってる気がするんだけど。
倫理観とか法律とか気にすることあるだろう。
やっぱりこいつ、ヤベー奴だな。
そんな事を考えていたら、アンバーがおもむろに人を集め始めた。集められているのは女性の使用人たちだ。
何が始まるんですか?
放置されること数分、納得する人選が集まったのか、ようやくアンバーが私の方に視線を向けた。
「まずは全身磨いてもらってきてください。その子たちが嫌なら私がやりますが」
「アンバーの方が嫌です」
「そうですか。私は貴女の身体を見ても何とも思いませんが、殿下に本気で怒られそうなので、そう言っていただけるなら幸いです」
本当に何とも思ってない冷めた目線で私に言い放つアンバー。
一言多いんだよな。
あと、やっぱり殿下がストッパーじゃないか。
その後、フラックスと別れて使用人さんたちに連れ去られた一室で、頭の先からつま先までガッツリ磨かれた。
前世でもここまでのエステ体験したことない。
まだ今世は十代だからそこまでしなくていいんじゃないかと思ったんだけど、信じられないくらいツヤツヤのモチ肌になった。
ついでにいい香りのする香油まで塗り込められた。
なるほど。貴族がいい匂いがする元はここからなのか。
貴族は毎日これやってるのか。凄いな。私はこの先一生することないと思う。貴重な体験をさせて貰った。
それはそれとして、フラックスもアンバーも使用人さんたちも、有無を言わさず私を連れ回すんだけど。私の扱い結構雑では?
まぁモブだから仕方ないか……。