悪女
訓練場から出ると、今度はフラックスとばったり出くわした。
「こんな所にいたのか。探したぞ」
「私を? 何かありましたか、フラックス様」
昨日の件だろうか。
でもアネモネの暴走なんて、こんな所で大々的に話せる話題ではない。はっきり言って、ブルーアシード家とクロッカス殿下のマイナスにしかならない話だからね。
後ろのジェードは『王の影』として情報を知ってるっぽいけど、そんな事フラックスは知らないし、ジェードも言わないだろう。
首を傾げていると、フラックスがやや言いにくそうに目線を逸らした。
「昨日の件と言えば昨日の件なんだが......お前との事が噂になっていてな。お前が不快な思いをしていないか気になってしまって」
「はい?」
噂とはなんぞ。何も知らんぞ。
更に首を傾けると、フラックスが大変言いにくそうに、若干頬を薄く染めながら話し出した。
「知らないのか......。その、お前と俺が手を繋いで歩いているのを見た奴らが、二人は交際しているとか噂を立てていて......」
「はぁ?」
私が驚きの声をあげる前に、後ろのジェードから聞いた事もないような低い声が聞こえた気がした。気のせいだよね。
「確かにフラックス様が私を城からずっと手を引いて連れて行かれたので、目撃者は多そうですね」
「俺も頭に血が上っていたとはいえ、軽率だった。すまない」
フラックスは本当に申し訳なさそうだ。
とはいえ、私は自分の噂なんて耳にしていないし、私の周りも話題にしてこないから、大した噂ではないのだろう。
「ただの噂ですし、その内飽きられて消えますよ。私は気にしていないので、フラックス様も気に病まないで下さい」
「いや、そういうわけにも......そもそもお前はクロッカス殿下との噂もあるし、後ろの執事とも噂になっているし、そこに俺まで加わると周りからとんだ悪女だと思われないか?」
「え!? そうなの!?」
驚いて後ろのジェードの方を向く。
ジェードは天使のような笑顔を私に向けてきた。
「確かに噂になってるけど僕は気にしてないし、サクラも気にしなくていいよ」
「いやいやいや......」
知らない間にそんな事になってたとは。
噂だけみると年上から年下まで誑かす悪女じゃん。
フラックスは自業自得だからいいとして、ジェードには申し訳ない。将来彼女が出来た時に問題になったらどうしよう。
ついでにクロッカス殿下は......あの人は怒るとかしなさそうだけど、一言謝罪しておかないとダメかな。
そもそも昨日のナチュラル王子様な立ち回りからみて、殿下の言動が勘違いを生んでる可能性があるんだけど、王族に文句は言えない。
「ジェードとは後で話しますけど、私は今のところ噂を聞いた事ないですし、自分の部署でも問題にも噂にもなってないので大丈夫です」
問題になったとしたら、誰に相談すればいいのかさっぱりわからないけどね。
噂が私の部署に届く前に自然消滅してくれるのを祈ろう。
「お前のいる部署と言えば、俺も明日からそちらで働くから、よろしく頼む」
「え、そうなんですか?」
「ああ。あそこは殿下が集めた優秀な者達が多いからな。その内、殿下から奪って乗っ取ってやるつもりだ」
「堂々と乗っ取り宣言しないでください。殿下は気にしないでしょうけど」
まぁ、そう言っておけば家の為に殿下の下に付きつつ、虎視眈々と復讐の機会を待っていると周囲は思ってくれるだろう。
実際は殿下の所で色々勉強したいのもあるんだろうな。
しかし、フラックスは多分上司になるのか。元々貴族だから後から入ってきて上役になるのは納得できる。
ただ、めちゃくちゃ忙しい部署だから頑張ってほしい。
多分、クロッカス殿下は贔屓とかしないで仕事を投げてくる気がする。
そもそもこの部署、将来的にフラックスに任せておきたかったんじゃないかな。恨まれてるクロッカス殿下本人さえ死ねば、それ以外は憎しみに囚われず、きちんと判断して使ってくれると信じて。
昨日は教えてくれなかったけど、殿下はなんで死なないといけないんだろうか。