一件落着
クロッカス殿下はまるで自分の子どもでも見るようにフラックスを見つめる。
「フラックス。父の事はショックだろうが、お前の父親は貴族として、上に立つ者として申し分ない男だった。いつも国と民の事を考えて、先を見据えて知恵を絞る誇り高い奴で。そしてアネモネも幼い頃から私を気にかけてくれる優しい女性だった。私は彼女を妹のように思っていて、恋愛感情はなかったが今でも守りたい大切な存在だ。そんな両親を持つ事に誇りを持って欲しい」
その言葉を受けて、フラックスがようやく立ち上がる。その顔には悲しみの色はもうない。決意を込めた顔でクロッカス殿下を睨む。
「言われなくても両親の事はずっと誇りに思ってます。少しショックでしたけど......貴方に守られなくても、自分で立ち上がれます。それくらいは大人です」
今日二回も私の前で泣いてるくせによく言うよ。
生温かい目でフラックスを見ていたら睨まれた。
はいはい、私は何も言いませんよ。
「それに貴方がわざわざ道を整えなくても、俺が自分で貴方の立場を奪うくらいになってみせますから。今に見ていて下さい」
挑戦的に挑むように言い切るフラックス。
「フラックス……。ああ、楽しみにしている」
フラックスの発言に目を瞬かせた後、クロッカス殿下は嬉しそうに頷いた。
立場を奪うって言われてるのに嬉しそうな人、初めて見たな……。
とりあえずこれで一件落着だ。フラックスが自暴自棄になることもないだろう。頑張って宰相を目指してほしい。
「私はそろそろ城に戻らねば。アンバーに怒られてしまう」
「もう怒ってると思いますよ」
クロッカス殿下の言葉に、グレイ隊長が窓の外を見ながら呟く。
私が仕事終わりにこの屋敷に来て、戦闘からの話し合いで日はとっくに暮れていた。
そろそろお腹空いてきたな……と思った瞬間に、腹の虫が盛大になった。
三人の視線が私に集中する。
恥ずかしすぎる。絶対に聞かれた。
フラックスが呆れた顔で私の顔をのぞき込む。
「お前、最後の最後に締まらないやつだな」
「戦った後に、泣いてる人に気も使って、難しい話に頭も使ったので。生理現象です」
元はと言えばフラックスのせいなんだからな。
恨みを込めてフラックスを睨めば、少し気まずそうな顔をされた。しかし何かを決意したようにフラックスは真剣な顔で再び私を見つめた。
「……巻き込んで悪かった。でも、こうやって真実を知れたのはお前のお陰だ。感謝してる。―――サクラ」
迷いを吹っ切れた顔だ。うだうだ悩んで憎しみを募らせてるよりずっといい。
「私がいなくても、いつか真実に辿り着いてましたよ。フラックス様は」
ゲーム内の話だけじゃなく、もう少し歳を重ねれば、あるいは出世すればいずれ真実を知る事になったんじゃないだろうか。冷静になれば頭が切れる子だろう。なんせ攻略対象なので。
「そんな事はない。お前がいなければ俺はずっと殿下の手のひらの上だった。……だから、その、もう少し、お前と話してみたいというか……俺の相談相手になってくれないか? 腹を割って話せる同世代の相手なんて、あまりいなくて……」
妙に視線を彷徨わせて、しどろもどろになりながら話すフラックス。
確かに貴族間なんて腹の探り合いだし、フラックスは父親の件もあって浮いた存在だっただろう。
私みたいに貴族でもなければ裏もなくて、真実を知ってる人間と気兼ねなく話したいと思うのはわかる話ではある。
迷える青少年の話くらい、聞いてあげよう。
私は中身がいい大人なので任せてほしい。
「勿論、いいですよ。」
「本当か!?」
「はい。私では力になれるかわかりませんが」
笑顔で了承すれば、フラックスはとても嬉しそうな顔をした。
悩みも相談も聞いてあげるから、いつか素敵な恋話を聞かせてほしい。自分の恋愛に興味はないが、人の話を聞くのは好きだ。
フラックスの笑顔を見て満足していたら、そっと肩を叩かれた。
見れば、グレイ隊長が何とも言えない顔で私を見ていた。
「嬢ちゃん。もう少し男に警戒心を持った方がいいぜ」
「え???」
謎の注意に首を傾げれば、盛大に溜息をつかれた。
「似ちゃダメな所が似てるんだよなぁ……」
グレイ隊長が何事か呟いたが、私の耳には届かなかった。