レクイエム系統
フラックスは呆然とクロッカス殿下を見上げる。
「でも父上が……」
「シアンとお前は別人だろう。それに、シアンは私の妻を殺したわけじゃない。あれは私に自分を殺させるための嘘だ。……私が妻子を失ったのは、別の原因だ」
クロッカス殿下は一度悲しそうに目を伏せるが、すぐにフラックスに向き直る。
「そもそもあんなことになったのはシアンに全て押し付けてしまった私が原因だ。貴族同士の足の引っ張り合いで事は上手く運ばず、己の事を考える者たちばかりでシアンは神経を擦り減らしていた。一方友人の私は妻と娘と穏やかに過ごしている。意趣返しもあったのだろう。実際に関わってみると内政は赤字にしかなっていなかったからな。ここ十年、財政の立て直しに苦労した」
政治なんて裏はドロドロしてそうだもんな。それで心が病んでしまったのか。
でも反乱前の映像の時点でクロッカス殿下に王様になってほしそうだったけどな。やっぱり元からじゃない?
シアン侯爵は亡くなってしまっていて、実際どうなのかはわからないから私は口を噤んでおく。
一方殿下の後ろに控えるグレイ隊長は若干呆れ顔だ。
「殿下じゃなきゃ何年あろうと立て直すのは無理だったと思います。アンバーもそう言ってました」
「そんなことはない。シアンだって同じように出来た。ただ、私はグレイとアンバーがいてくれたからな。多少貴族たちからの反発があろうと、どうにか出来ると信じていた」
「多少……」
グレイ隊長が遠い目をしている。
王族が軒並み亡くなったとはいえ、それまで力のなかったクロッカス殿下が口出ししてきたら反発も大きかったのだろう。
「そういえば殿下に逆らった貴族は皆殺しにされたとか粛清されたとか噂で聞いたような……」
「そこまでしていない」
うっかり呟いてしまった独り言を殿下に聞かれてしまった。怒られるかと思ったが、殿下は苦笑交じりで私を見る。
「ただ十年前の財政と状況を鑑みて、領地替えをしたり爵位を取り上げたりはしたな。その際、交渉と説得は最後まで行ったさ。それでも抵抗するなら、国のために死んでもらうだけだ」
あっさりと、先ほどと変わらない穏やかな表情のまま言い放つクロッカス殿下。
やっぱりラスボスだ。優しいだけじゃない。
「交渉から入る時点で優しいと思いますよ。俺もアンバーもまず殺す事が第一にくるので」
ラスボスの側近の方が物騒だった。それに比べれば殿下は優しい……のか……?
「それなら殿下が王になれば良かったのではないですか。父の言うように、わざわざアイリス陛下を立てなくても……」
「それはダメだ」
フラックスの問いにクロッカス殿下は首を横に振る。
「私は死ななければいけない理由がある。本当なら今すぐにでもな。そんな者が王になるなど論外だ。……だが今私が死ぬと貴族がまとまらずに国が乱れかねない。アイリスや、あの子を支えてくれる誰かがいてくれれば私は喜んで死を選ぼう」
「その理由って、殿下が呪われてると言われてるのに関係が……?」
フラックスが眉間に皺を寄せて尋ねる。対してクロッカス殿下は少し申し訳なさそうな顔をした。
「それは言えない。そうだな、宰相になるくらい出世すれば知る機会もあるかもしれない。……最も、私もそれを知ったのは十年前だ。もっと前に知っていれば自ら命を絶っていた。そうすればシアンもアネモネも顕在で、私の妻と娘もグレイとアンバーが変わらず守ってくれていただろうに……。上手くいかないものだな」
答えてもらえなかったフラックスは少しムッとした顔だ。クロッカス殿下も彼の性格をわかってて焚きつけているんだろう。
「お前でもロータスでも、私を殺してアイリスを支えるというのならそれでも良かった。私はここ十年、貴族への取り締まりを強化したことで恨まれているからな。アイリスが行動すれば国は一つにまとまるだろう。……最も急に城から飛び出すような危ない真似は勘弁してほしいがな」
クロッカス殿下は溜息をつく。
じゃあ『恋革』のゲームの時も本気で妨害しようとは思ってなかったのかな。最初は連れ戻そうとしたけど、途中からアイリスを中心に貴族がまとまるように手を回したりしてそうだ。
改めて、殿下はフラックスに向き直った。
「フラックス。私がシアンを殺したのに間違いはない。お前はそのまま私を恨んでくれていい。私が死んだら、国と民の為に働いてくれ。お前の憎しみも、父親の悪評も、私が全て背負って地獄に行く。私はお前たちの生きる未来が明るいものになってほしい」
そうか。この人、地獄へは全部俺が持っていく系のラスボスか……。