激昂
「父上……」
フラックスは口元を押さえて顔面蒼白だ。
それはそうだろう。
確かに父親を殺したのはクロッカス殿下だ。でも尊敬してた父親が10年前の反乱の主犯だった上に、妻子の事はどうでもいいと切り捨てて、クロッカス殿下の奥さん―――アネモネの前に結婚していた人を殺していたのだ。
子どものころに憧れていた大人が、事実は全く尊敬できない人だったなんてよくある話だけど、これは酷い。
こんな時、どう声をかけていいかわからない。
物語の主人公ならいい感じの言葉を使って慰められるんだろうが、生憎私はただのモブだ。
今にも倒れそうなフラックスの傍に行って、座らせるくらいしか出来ない。今にも泣きそうな顔してるので、背中を擦ってみる。
あ、逆効果だったわ。泣いちゃった……。
フラックスは今世の私より年上だけど、まだ十代だからな。前世と合わせて精神年齢30歳過ぎてる私でも当事者だったらキツイわ。
下手に慰める事も出来ずにフラックスの背中を擦り続けていると、黙り込んでいたクロッカス殿下が口を開いた。
「アネモネは……水鏡を使ってこの光景を見てしまった。触れさせれば死体からでも真実を読み取れるからな。シアンの遺体から真実を知った彼女は……壊れてしまった」
死体からでも触れれば映像が見れるの!? 家宝と呼ばれるだけはある。
アネモネがショックでああなってしまったのなら、息子にも言いづらいわな。万が一、アネモネと同じようになったら目も当てられない。
そんな中、涙が収まってフラックスがようやく顔を上げた。
「だから母も、領地も、爵位も俺から奪ったままなんですか。父への復讐の為に」
クロッカス殿下は一度目を伏せて、答えを口にするため息を吸い込み―――
「そんなわけないだろ」
ぼそりと吐き捨てたのは、クロッカス殿下の横にいるグレイ隊長だ。彼には珍しく、冷えた眼差しでフラックスを見つめている。
なんとなく、水鏡で見たアンバーと似た眼差しだ。ひょっとしなくても相当怒っているのでは?
「10年前、殿下がお前の母親と婚姻関係を結ばなきゃどうなっていたか考えろ。事実はどうあれ父親があれだけのことをしたんだ。お前も母親も、貴族連中かブルーアシードの血縁に殺されてたぞ。領地だって他に与えずに自ら管理して、お前の為に残してやってたんだよ。殿下の悪評に巻き込まれないように、わざと嫌われて恨まれる側に回ってお前が自分から取り返しに来るか、殿下が予定通り死ぬ時に返そうと思って―—―」
「グレイ」
クロッカス殿下のひと睨みでグレイ隊長は口を閉じる。
「失礼しました、殿下。出過ぎた真似を」
頭を下げて謝罪するグレイ隊長。クロッカス殿下は嘆息しながらもそれを受け取った。
「なんで……わざわざ……」
戸惑うフラックスの視線を受けて、クロッカス殿下は立ち上がった。
そのままフラックスの前まで歩み寄ると、仮面のような無表情を脱ぎ捨てた。反乱の前、シアン侯爵に向けていた穏やかで優しい顔だ。
「お前は私の大切な幼馴染と親友の息子だからな。フラックス」
そう言って、小さい子供にするように彼の頭を撫でた。