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チートアイテム

 静かにフラックスの言葉を聞いていたクロッカス殿下が、水鏡に目を移す。


「……真実を知っても、何も変わらないというのに。それでもか」

「はい。この水鏡は触れた者の過去を映す。映された物に嘘・偽りは含まれない。……我が家が王家を守るために『雪の妖精』から下賜されたとされる、国宝級の一品です。神代の魔法がかかっているお陰で、誰もこの水鏡に細工は出来ない。殿下の言葉を俺が信用できなくても、この水鏡があれば否応なしに真実がわかる」


 破格の性能じゃん。犯罪者に取り調べも証拠も不要で真実を引き出せる。探偵も警察も不必要だ。

 お貴族様の家宝となると、そんなチートアイテムがゴロゴロ転がっていたりするんだろうか。怖い。この一件が終わったら貴族界隈には近づかないでおこう。

 迷うように水鏡を見つめるクロッカス殿下に、グレイ隊長が進言する。


「殿下。本人が知りたいって言ってるんだ。いつまでも子どもみたいに守ってやる必要ないでしょう?」

「何……?」


 フラックスがグレイ隊長に目を向けるが、グレイ隊長は知らん顔でクロッカス殿下にだけ視線を向けている。

 クロッカス殿下は諦めたように一つ息を吐いて、左手の手袋を外した。


「フラックスも、もう子どもではないか……。覚悟があるというのなら、いいだろう」


 クロッカス殿下が水鏡に触れる。その途端、水鏡の鏡面が波立ちながら光始めた。

 水面に、現在の風景とは別の映像が映し出されようとしている。その最中に、クロッカス殿下の視線が私に向けられた。


「お前も見るか?」

「……はい」


 フラックスに巻き込まれたとはいえ、アネモネの事やら殿下の事やらで散々振り回されたのだ。真相くらい知っても罰は当たらないだろう。


「おいで」


 クロッカス殿下に右手で手招かれ、そのまま殿下の右隣に移動する。

 ご丁寧にグレイ隊長が場所を空けてくれたおかげで、結構な至近距離である。

 私はグレイ隊長にとって、警戒するにも当たらない人間って事か?

 正面にいるフラックスがすっごい怖い顔をしていたが、見ないふりをして水鏡に集中することにした。


* * *


 映し出されたのは何処かの貴族が使っていそうな広々とした部屋だ。

 そこに髪の短いクロッカス殿下が慣れたように部屋に入ってくる。20歳くらいだろうか、かなり若い。そしてこの世の全ての女性を誑し込んでそうなほど顔がいい。

 クロッカス殿下の入室に部屋の主が振り返る。

 フラックスによく似た面持ちの男性だ。―――いや、フラックスが彼に似ているのだろう。恐らく父親のシアン侯爵だ。

 クロッカス殿下はどこか困ったような笑顔をシアン侯爵に向ける。


「シアン、話とは何だ? お前の立場上、オレと二人で話すのはまずいんじゃ……」

「そんなことはどうでもいい」


 ツカツカと、シアン侯爵は走るような勢いでクロッカス殿下の近くまで来ると勢いよく殿下の両肩を掴む。


「どうしてお前が城を追いやられねばならない。お前は国を守った英雄じゃないか。負け戦だった帝国との戦いを勝利に導いたんだぞ。あのままいけば、ウィステリアは帝国の属国になっていたかもしれないのに」

「それはオレの部下や兵たちのお陰だ。オレ一人の勝利じゃない。……とは言っても、勝ち過ぎてしまったな。民がこれ以上犠牲になるのを避けるために、戦果を急いでしまった。お陰で要らぬ警戒を異母弟おとうとや貴族連中に与えてしまったのは失敗だったな」


 まるで他人事のように、淡々とクロッカス殿下は話し続ける。


「このままではオレと異母弟おとうとで、王位を巡って争いになる。オレが望まなくても、今回の戦でオレを恐れる者や今の王家に反発を抱くものがオレを担ぎだすだろう。―――それはダメだ。無駄な争いで民を犠牲にするわけにはいかない。それに帝国との戦で疲弊したこの国を余計に混乱させるだけだ。オレ一人が身を引けば回避できる。国のためにはそれが一番だ」


 苦笑を交えて冷静な物言いのクロッカス殿下に対して、シアン侯爵は歯痒そうに歯をかみしめている。肩を掴む手に更に力が入る。


「お前が国や民の事を一番に考えているのは、俺が一番知っている。お前なら腐敗したこの国を立て直せる。民の犠牲だって、今少数を犠牲にしてお前が王になれば、将来重税で苦しみ飢えて死ぬ者たちよりも少なく出来る。―――お前なら、それが出来るはずだ!」

「シアン」


 穏やかな笑顔でクロッカス殿下は首を横に振る。


「呪われたオレには誰もついてこない。それに異母弟おとうとを殺して王になったとしても、他の王侯貴族から反発が大きいだろう。また戦になる。そして民が犠牲になって、戦を長引かせたオレを恨むだろう。……そんな者を誰が王と認められるか。オレが死ぬまで永遠に内乱が終わらないかもしれない。数だけ見て、人の感情まで計算できないのは悪い癖だぞ、シアン」


 クロッカス殿下は両肩を掴んでいた手を己の両手で掴む。


「オレがいなくても、お前ならそれが出来るよ。シアン。時間はかかるかもしれないけれど、争いになるよりずっといい。人間なんだから、争うよりなるべく話し合いで解決しないとな」


 そのまま肩の手を外させると、クロッカス殿下は晴れ晴れとした笑みを向けた。


「オレの事は気にするな。オレには妻と頼れる部下二人がいてくれる。それで十分幸せだから」


 対してシアン侯爵は苦虫を噛んだような顔だ。


「『王の影』に見張られ、命を狙われながら、よくそんなことが言えるな」

「……ひょっとしてアンバーの事を言っているのか? あいつに対してやたら当たりが強いと思ったら……。あいつは大丈夫だよ。グレイと同じで、オレの大事な部下だ」


 自信満々に胸を叩くクロッカス殿下に、相変わらずシアン侯爵は苦い顔だ。


「話はこれで終わりだ。お前もアネモネと仲良くな。子どもも生まれるんだろう? いつか、会わせてくれよ」


 それだけ言うと、クロッカス殿下は身を翻し部屋から出て行った。

 血が出るほど拳を握りしめたシアン侯爵を残して。

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