水鏡
「まぁいい。アネモネの事は使用人にも状況を確認する必要があるのでひとまず後回しだ。私が聞きたい事は聞いた。お前も言いたい事があるんだろう、フラックス」
クロッカス殿下がフラックスを静かに見つめる。
フラックスもそれに答えて静かに口を開いた。
「俺は殿下を恨んでいます」
殿下は何も言わずに話を聞いている。表情からは何を考えているのか読み取れない。
ただ、殿下の横にいるグレイ隊長の手はずっと剣にかかったままだ。私たちが部屋に入ってからずっとである。
殿下が命じれば、あるいは私たちが殿下に危害を加えると判断すれば容赦なく剣を向けてくるだろう。
そう思うほど、グレイ隊長のフラックスに向ける目は冷たい。
フラックスもそれに気づいているだろうが、怯えることもなく話を続けていく。
「そんな俺を貴方は殺さなかった。ブルーアシードの後継として俺を利用するでもなく、まるで憎ませるような言い方をしていた。貴方は無意味にそんな事をする愚かな人じゃない。そんな愚かな人が10年も国を動かせない。...こいつに言われるまで気づかなかった自分が腹立たしい」
ちらりとフラックスが私を見る。
私でなくても、誰かが指摘すればフラックスは気づいただろう。なんせ攻略対象なので、出来のいい頭をお持ちのはずだ。
殿下もわざとフラックスに自分を憎ませて思考にロックをかけてたんだろう。なんでそんな事をしたのか謎だが。
フラックスは殿下に近寄ると持っていた水鏡を差し出した。
「殿下がそんな事をするからには、何か隠しておきたい事があったのでしょう? おそらく父の事で。...俺に真実を見せて下さい。殿下の言う事が本当ならそれでもいい。俺は自分のこれからのために、揺るがないために、真相を知りたい」
...なんかこの台詞、覚えがあるな。
『あ〜! フラックスのラスボス和解ルートやっとクリア出来た! 大変だった〜!』
そうだ。妹が雄叫びを上げている間に、こんな台詞が流れていた気がする。
確か和解ルートには特定のアイテムが必要だった。それも最終戦直前に引き返し各地を巡ってイベントをこなし、また城に戻ってこないといけないという、大変面倒な過程を踏まないといけなかったはずだ。
手伝わされたので、面倒だったのは覚えている。
ひょっとして、そのアイテムがフラックスが持っている『真実の水鏡』なのだろうか。
だとしたら、本当に誰がアネモネに水鏡を渡したのだろう。