強さ
フラックスと廊下を連れだって歩く。目指すはクロッカス殿下の待つ応接間だ。
「フラックス様のお母様は大丈夫でしたか?」
「ああ、癒師も命には別状はがないと言っていた。ただ大量に魔力を失ったからな。暫くは目覚めない」
そこで一度言葉を切ると、フラックスは悲し気に目を伏せた。
「目覚めない方が母上は幸せなのかもしれないな……」
確かに目覚めている時の狂乱と、眠りに落ちる時のあどけない顔を見るとそう思ってしまうかもしれない。
部外者の私は否定も肯定も言えない。
「フラックス様はそうやって一人でお母様の事を思い続けていたんですね。私は親がいないので、フラックス様の気持ちは完全にはわかりません」
「……そうか」
「正確には記憶がないんですけど。だから親を思い出して悲しいとか寂しいとかないんです。きっと幼い『私』は親を亡くしたのに耐えられなかったんでしょうね。……そうやって記憶に蓋をして逃げてしまった私より、ずっと向き合い続けてきた貴方様の方が強いですよ。それだけはわかります」
幼い『私』が耐えられなかったせいで、前世の記憶が引きずり出されてしまったのだろうか。それはわからない。
前世の親や妹を思い出すこともある。けれど、10年前目覚めた直後よりも記憶は曖昧になっていく。
それよりも今世の孤児院の皆が兄弟だったし、院長が親代わり兼先生だったから寂しくなかった。
目覚めた時から一人でこの世界に放り出されてたら違っただろう。きっと元の世界に帰る方法を探したり、前世の家族を思って泣く時間が増えていたと思う。
そもそも5歳で一人にされたら餓死一直線だった。この世界の常識もないし。
ありがとう、院長。話を聞くたびに問題ある人にしか思えないけど、感謝している。
フラックスは目を瞬かせて、私を見つめた。
「そういう考え方も、あるのか。……だがお前の方が強いぞ、物理的に」
「それは鍛え方が違いますから!」
働き始めてからも朝と夕の魔法訓練は忘れたことがないので。
拳を握って笑う私に、フラックスは我慢できなかったように噴き出した。
なんか初めて普通に笑ったところを見た気がする。
「本当にお前はおかしな奴だな」
そういうフラックスは悩んでいるのがバカバカしくなったような顔だ。
若いのに色々ありすぎて心が頑なになっていたのだろう。フラックスには怒りや憎しみという負の感情も受け止められて、心を解して笑い合える相手が必要なんだと思う。
アイリスとかね。
そういう相手が隣にいれば、著しく成長して頼りになる男になるタイプな気がする。なんせ攻略対象なので。感情に振り回されなくなれば、宰相になるくらい理知的で冷静な仕事の出来る男に進化する。
なので是非頑張ってアイリスと仲良くなってほしい。もしくはそういう優しいタイプの女性と出会って幸せになってくれ。貴族の結婚とか面倒そうだけど、いい相手を見つけてほしい。
私は心の中で応援しておく。