表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/372

狂乱の貴婦人

 以前も訪れた事のあるクロッカス殿下の別邸は、相変わらず陰鬱で暗い雰囲気を醸し出している。

 フラックスは無言で正面の扉を開けた。中は赤い重厚な絨毯が敷かれただだっ広い玄関ホールだ。

 迎えの使用人はいない。以前はアンバーが出迎えてくれたが、あれは特例だ。

 それにしたって誰も出迎えないのはおかしくないか?

 それに、以前来た時よりも寒い。まるで冷蔵庫の中にいるみたいだ。


「おかしくないですか? 人の気配があまりしないような……」

「確かに。誰かしら出迎えがあるのが普通だ」


 そう話す私たちの息も白い。

 やっぱり外と温度差がありすぎる。

 歩みを止めて辺りの様子を伺っていると、どこからかパキパキと変な音が聞こえてきた。音源を探るとどうやら上の階から聞こえてくるようだった。

 見上げれば、玄関ホールの正面にある階段から誰かがおぼつかない足取りで下りてきた。

 かつては美しかったのだろう髪は細くなりボサボサに伸ばされている。こけた頬、棒のような手足。まるで幽鬼のような様相なのに瞳は夢見るように大きくぼんやりと手にした鏡を見つめている。

 彼女が階段を一段下りるたびに、部屋の温度が下がっていく。

 いや、壁から床までドンドンと凍り付いていく。

 先ほど聞こえたパキパキという音は、この氷が発する音だったようだ。


「母上……!?」


 フラックスの驚く声で、彼女が誰なのかようやく知ることが出来た。

 そうか、彼女がフラックスの母親か。


 ルートボスじゃないか!!


 フラックスルートのボス『狂乱の貴婦人アネモネ』が彼の母親だなんて知らなかった。

 しかもこの部屋が凍り付いていくエフェクト、ルートボス戦時の演出だ。扉や通路が氷で塞がって逃げられない使用になっている。

 ジェードの時は前もって蜘蛛が出てきたりした後の中ボス戦だったけど、今回は急だなぁ!

 しかしフラックスだってジェードと同じでレベルが上がっていないだろう。なんせアイリスと冒険を始める前なので。


 その状況でラスボス手前のルートボスに挑めと? 無理を言うんじゃないよ!!


 幸いまだ私たちの後ろにある正面玄関は凍り付いていない。今ならまだ逃げられる。

 私は捕まれている手とは反対の手でフラックスの腕を引っ張る。


「逃げますよ!」

「だが……!」

「私たちじゃどうにも出来ません! 人を呼んできましょう!」


 そう、別に私たちが解決する必要なんてない。助けを呼びに行けばいい。逃げるなら、まだ『狂乱の貴婦人』に私たちが気づかれていない今しかない。

 そもそも使用人が駆けつけてこないのも、屋敷の中で凍ってるからじゃないのか? 大惨事じゃん。


「わかった。お前は逃げて助けを呼んできてくれ。俺は母上を放っておけない!」


 そう言うとフラックスは手を離してくれた。ようやく待ち望んだ解放だ。

 フラックスを見上げる。決意の滲んだ顔だ。

 その顔も最終戦間際ならいいんだよ。でも今は違う。


「自分の実力を弁えて下さい! 死んだら元も子もないんですよ!?」


 話が通じるならまだいい。しかし、さっき母親はまともに話せないと聞いたばかりだ。

 絶対戦闘になるし死ぬと思う。


「だが...!」


 フラックスが何かを言いかけたが時間がない。

 今までの鬱憤も相まってうっかりボディーブローを叩き込んでしまった。緊急事態ということで許して欲しい。


「ぐだぐだ言ってるんじゃない! そういうのは自分で解決出来るようなプランがある時に言って下さい!」


 腹を押さえるフラックスの腕を掴んで、引きずるように正面玄関の扉に手をかける。

 

 開かない。

 先程までは普通に開いたのに。

 

 気づいた時にはもう遅い。次の瞬間には扉はパキパキと音を立てて凍りついてしまった。


 結局回避不可なのかよ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ