魔法
孤児院にいる間、院長が言っていた通り魔法を扱う練習があった。
皆が火を出したり風を吹かせたり、前世でも見たような『魔法』が使える中、私はそれが出来なかった。
出来るのは物を動かせることくらい。
孤児院の職員も困惑していたが原因はわからず―—―再び私は院長と対面することになった。
「それじゃあ試しにそれを浮かせてみて」
私の目の前にペンを一本置いて、院長が私の対面のソファに座り、長い足を組む。
私は言われた通りに長机の上からペンを浮かせた。
院長はそのペンをじっと見つめている。
私は向かいのソファで居心地悪くそれを見ていた。
そもそも、わざわざ院長室に呼ばれた時点でガクブルしていた。
何を言われるんだろう。ひょっとして出て行けとか言われるのかな。
幼女なのでここから追い出されたら詰みである。
「わかった。もういいよ」
一人納得したように頷いてようやく院長が私を見た。
私はペンを長机に下ろして、その言葉を待つ。
「サクラ、君は魔法に属性があるのは知っているかな」
「はい。火・水・土・風・光・闇の6種類……って習いました」
「うん。魔法が使える場合、必ずどれか一種類は属性魔法が扱える。たまに二種類以上の属性を扱える人もいるけど、それは稀だ」
突然講義が始まって、思わず首を傾げてしまった。
院長は楽し気に続ける。
「それぞれの魔法にはね、オーラというのかな。色があるんだよ。火は赤、水は青、土は茶色、風は緑ってね。呪文の演唱中とかによく見られやすいけど、よく見ればどんな小さな魔法を使っていてもうっすら見えるものなんだ」
そう言って私を指さす。
「君にはそれがない」
「え」
「サクラは『無』いんだ。無色透明。君は魔力はあるけど属性魔法は使えない」
きっぱり言い切られてしまった。
「とても珍しいことだ。ボクは外国も含めて色々な人を見たけど、君以外で2人しか知らない」
「そうなんですか」
「……あまりショック受けてないね?」
院長は意外そうな顔をしている。
確かに驚いたがショックはない。
元々前世では魔法なんてファンタジーだ。高いところの物とか取れるし、物を浮かせるだけでも十分では?
それよりも自分の処遇の方が気になっている。
「魔法が使えない人の方が多いんですよね? 使えるだけでも十分だと思います。それより、私はどうなりますか?」
「どうって?」
「その……他の子と違うから、追い出されたりとか……」
この孤児院はどう選別したのかほとんどの子が魔法を使える。
魔法が使えるのは人口の1割ほどのはずなのに、だ。
初期魔法で基本となる属性の力―—―火を灯す、のは火属性使いなら誰でも出来る。それ以上火力が高かったり範囲が広い魔法が使えるかはその人の才能による、らしい。
皆それぞれ属性の魔法を磨いていくのだろう。
そんな中、私はただのお荷物だ。
けれども院長は思わずと言ったように噴き出した。
「追い出す? ないない。ボクが預かったんだ。安心して過ごしてほしい、と言ったのは嘘偽りないよ。約束する」
穏やかに頷かれて思わず脱力した。
孤児に魔法の訓練と勉強までさせて、ぶっちゃけちょっとこの孤児院怪しくないか?
とか思っていたけど、院長に会うと猜疑心が解けていく。
旨い話には裏があると思ってしまう中身が23歳成人女性ですまない……。
「サクラ。どんな魔法にだって使い道はある。君の魔法は言ってしまえば地味で目立たないかも知れないけど、地道に努力すれば使い道はあるよ」
私を慰めるように院長が言う。
「使い方……ですか?」
「そう。派手なことは出来ないし、練習も地味だし、出来てもこんなものか、と思ってしまうかもしれないけど……それでも良ければ、ボクが手を貸そう」
長机の向こうから差し出された院長の手。
私はその手を取った。細い体に似合わず、ガッチリとした男の手だった。
「お願いします。一つでも出来ることを増やしたいです」
孤児なもので。これから先を考えると貪欲にならないとね。
院長はその答えに満足したように頷いて私の手を握った。
「いい返事だ。それなら教えてあげよう」
私の手を握った反対の手で、院長が長机のペンを指さす。
ペンが浮く。
よく見ても、私と同じように色がついていない。
「ボクも君と同じなんだ。さっき言ったこの魔法を使える二人のうちの一人はボクだよ。……もう一人はすでに亡くなっているから、君に教えられるのはボクしかいないと思う」
驚く私の前で、院長はそっと己の唇に人差し指を寄せた。
「皆には内緒だよ」