噂話と事実
中心街を端から端まで歩いたせいで、気づけば夕方になってしまった。
楽しい一日はあっという間だ。
ジェードが送ってくれるというので、行きとは別の道を案内される。私は道がまったくわからないけど、ジェードに任せておけば安心だろう。
歩いている途中で立派なお屋敷を見かけた。あれは先日、グレイ隊長に連れられて行ったクロッカス殿下の別邸だ。
ついこの間の事なのに、色々あったせいで遥か昔の出来事に感じてしまう。
「そういえばジェード、聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
お屋敷を横目に見ながら、先日壁ドンからの喧嘩を吹っ掛けられた経緯を説明する。
話している間にジェードの顔がドンドン怖くなっていくのは気のせいかな。気のせいだな。
「そういうわけで、フラックス・ブルーアシード様について何か知ってたら教えてほしいなって。あ、教えられる範囲でいいから」
「……いいよ。貴族間では有名な話でもあるしね」
ジェードは一息つくと、歩きながら説明を始めた。
「元々、クロッカス殿下とフラックス様の父親は親友同士だった。第一王子でも微妙な立場のクロッカス殿下に昔から分け隔てなく接してたのは、フラックス様の父親である侯爵と、侯爵の奥方だけだったらしい」
「その侯爵の奥さんって……」
「今のクロッカス殿下の奥方だよ。三人とも幼馴染みたいな関係だったんだって」
おう、NTRの火種はそこから始まってたのか。幼馴染三人で女性が一人だと、どちらも女の子を好きになってあーだこーだするのは恋愛漫画でもあるあるだ。
「侯爵はその才覚で宰相になって、奥方と結婚した。クロッカス殿下は今のアイリス女王陛下の父親が即位する時に閑職に追われ、王都の屋敷でほとんど軟禁状態だったらしい」
「へぇ。地方に追放とかじゃないんだ」
権力闘争に負けた人って僻地に追いやられるイメージだったんだけどな。
「目の届く所にいてほしかったんだよ。地方で貴族たちをまとめ上げて反乱されても面倒でしょ? それだけ警戒されてたんだよ。有能な人だからね」
確かにクロッカス殿下の今の実力を見ると、下手に目の届かない所に行かせるのは怖い。目の届くところで動きを監視して、何かあれば殺せるほうがいいってことか。
「そんな中起こったのが、10年前の騎士団の反乱。その主導者は当時宰相だった侯爵だったんだ。でも、それはおかしい」
「え?」
「宰相として盤石な立場を保っていた侯爵がわざわざそんな事する? しかも、その反乱を治めたのは僅かな手勢のクロッカス殿下だ。クロッカス殿下は侯爵を殺して、彼がこの反乱の首謀者だったと宣言した。反抗した騎士団もそれに同意していたらしいけど……」
ジェードはまだ視界に残るクロッカス殿下の屋敷を見やる。
「死人に口なし。騎士団の証言も脅して、でっち上げればいい。当時から侯爵は無実の罪を着せられたか、親友だったクロッカス殿下の言葉に唆されて騙し打ちされたと言われてる」
「でもそれは噂……だよね?」
本当に侯爵が反乱を起こしたのかもしれない。宰相ってストレス溜まりそうだし。
「うん。でも反乱を治めたクロッカス殿下は、その功績で幼い女王陛下の後見の地位についた。そして侯爵の奥方も手に入れた。……これは事実だよ。この反乱で一番得をしているのはクロッカス殿下だ」
何か事件が起きたら一番得をしている人物が怪しい。そう疑うのは当然だ。
「対して侯爵家の方は、古くから王家に仕えてきただけに取りつぶしは免れた。けど当時まだ幼かったフラックス様には爵位を預けられないと、侯爵位は宙に浮いたまま現在も与えられていない。領地もクロッカス殿下の管理下に置かれてる。まさしく買い殺しだ」
「なるほどなぁ。それはクロッカス殿下を恨むわ」
噂と現状を鑑みて、やさぐれても仕方ないかもしれない。
それはそれとして、私に八つ当たりしないで欲しい。