美味しいものは正義
雑貨屋を出て、またしばらく色々なお店を冷かしているとだんだんと周囲に甘い香りが漂ってくるのに気が付いた。
見てみればお洒落なカフェがあった。お店の中は満員で、外まで人が並んでいる。
女の子が好きそうな外観に、ガラスケースに並べられた色とりどりの美味しそうなお菓子。これは人気が出ないわけがない。
「気になる? あのお店は最近出来たばかりで人気なんだ。少し待つみたいだけど入ってみる?」
「え? いいの?」
「勿論」
じっとお店を見ていたせいか、ジェードが提案してくれた。
しかし、男の子ってこういう所苦手そうというか、恥ずかしがる子多いと思ったんだけど、ジェードはまったくそういう素振りを見せない。流石、乙女ゲームの攻略対象。
逆に私の方がこういうお洒落なお店に一人で入るのに勇気がいるのでとても助かる。
それにこのお店は外観といい、お菓子の内容といい、前世でよく見かけたようなカフェの様相を呈しているのでどこか懐かしさを覚える。
元々前世の乙女ゲームなんだから、中世と現代のいいとこどりしていてもおかしくはないか。
並んでお喋りしながら時間を潰していたら、思ったよりすぐに順番が回ってお店に入ることが出来た。
外観だけじゃなく内装も凝っていて、ますます現代じみている。二人用の席に案内され、ケーキと紅茶を注文するとほどなく品が運ばれてくる。
美味しいお菓子と美味しい紅茶。幸せ。
最近の出来事と悩みが嘘のようだ。
「……良かった。最近悩んでるみたいだったから。少しは気が晴れた?」
おっと、ジェードにまで気を回されてしまっていたとは。確かに院長の件とフラックスの件と諸々重なってたからな。
「うん、お陰様で。ごめんね、気を遣わせて」
「僕のせいでもあるでしょう。僕が巻き込まなかったら、サクラが悩むことなんてなかったのに」
暗い顔をするジェードを元気づけるように私は笑った。
「大丈夫、結局は全部院長のせいだから。ジェードのお陰で今楽しく過ごしてるんだから、そんな顔しないで」
ジェードはクスっと笑った。
「そうだね。……それはそうと、この間助けてもらったお礼がしたいんだ」
そういうとジェードはラッピングされた紙包みを渡してきた。
「え、今日の案内で十分だよ」
「それじゃ納得できないんだ。僕の感謝の気持ちとして、受け取ってくれないかな……?」
そこまで言われたら受け取らないわけにはいかない。
うーん、それにしても上目遣いあざとい。そして可愛い。将来が恐ろしいわ。
「ジェードがそこまで言うならありがたく受け取るよ。中、見ていい?」
「うん」
そわそわしているジェードを横目に紙包みを開くと、中身はヘアピンだった。深緑の半透明な石がついている。
「綺麗。ありがとう、ジェード。大事に使うね」
「本当はもっと凝った物にしようかと思ったんだけど、サクラはあんまり大げさな物は好きじゃないから……普段使い出来るし、丁度いいかなって」
流石、幼馴染。私の事をよく理解してくれている。
きっと彼女さんにも気を回せるいい男になるだろう。楽しみだ。
「色々考えてくれたんだね。出来る執事さんは違うなぁ。……つけてみていい?」
「うん」
不思議なことにヘアピン一つ付けるだけで気分が上がる。女の子って不思議だ。
「似合ってるよ、サクラ」
ジェードが薄く頬を染めながら褒めてくれた。お世辞でも嬉しい。
今日はいい日だ。
ヘアピンについている石は翡翠です