プロポーズ
ゲームの画面なんて、人は通り抜けられないはずなのに。どうやって通過したのか、気がついたら私は硬い床に座り込んでいた。
病院とは全く違う部屋だ。窓一つない、薄暗い部屋。床には複雑な魔法陣と『真実の水鏡』が転がっている。
そして目の前にはやっぱりというか、院長がいた。
「心配してたんだよ、サクラ。良かった、また逢えて」
見た事もないほどに機嫌の良さそうな笑みを浮かべた院長が膝をついて、床に座り込んだままの私を抱きしめる。
感動の再会っぽく抱きしめてるところ悪いんだが、私は感動するより戸惑いの方がデカい。
「院長……私がわかるんですか?」
私はもうスノウの身体じゃないし、声も顔もスノウとは似ても似つかない。
困惑している私に、院長は私を抱きしめたまま答える。
「わかるに決まってるでしょ。ボクは魂が見えるんだから。サクラを間違えたりはしないよ」
魂が見えるって便利だなぁ。
感心するのと同時に、やはり疑問が浮かぶ。
「それでもよく私を見つけだしましたね。異世界ですよ?」
異世界と一言で言っても、私のいた世界と院長達のいる世界だけが存在しているわけじゃないはずだ。
きっと無数に、可能性の数だけ世界なんてあるんじゃないだろうか。
しかし院長はクスクス楽しげに笑って、ようやく私と顔を見合わせた。
「サクラが何処にいてもすぐにわかるよ。ずっと言ってたでしょ?」
「異世界を超えてでも通用するとは思わないですよ」
「だってサクラ、怪我してるみたいだったし……心配でさ」
そう言って院長は私の動かない足を撫でる。
そういうの、セクハラになるから止めた方が良いと思うな。まぁ、院長は私を子どもだと思ってるから、本当に心配してるだけで性的な意味はないんだけど。
しかし改めて院長を見ると、ビジュアルが良すぎて目が潰れそうになるな。ついでに声も良いし、なんか良い匂いまでする。
今だに院長の腕は、私を閉じ込めるみたいに私の背に回っている。感動の再会を果たしたにしても、このままゼロ距離で話していてはダメだろう。
だって今は他人同士だから。
かつてはスノウの身体だったし、年齢も子どもだったから院長のやたら近い距離感にも『過保護だな……』って思って慣れていたけど、今はダメだ。
私は大人だし、男女で勘違いするような距離感はダメだろう。
暫く待っても、いつまでも私を抱きしめたまま離れない院長に、もう良いだろうと思って私は顔を向けた。
「院長、そろそろ離れてくれませんか?」
「なんで?」
理解不能って顔で院長が首を傾げる。
私の方が理解不能だよ。
「なんでって、他人同士だからですよ。師弟関係はありますけど、私は子どもでもスノウの身体でもないんですよ?」
私の言葉にポカン……とした院長は、次の瞬間には晴れやかな笑みでこう宣った。
「じゃあボクと結婚して身内になろうよ!」
「思いつきでプロポーズするな!!」
思わず右の拳が出てしまった。




