元の世界へ
響いた声は『虹の女神』の物だった。
その声に反応する暇もなく、巨大な手のような物に身体が包まれた。
まるでお釈迦様の手みたいだ。
実際に手が見えたら抵抗の使用があったかもしれないが、はた目からは何も見えない。
その手に包まれるまま、スノウの身体から引きはがされる。
「お姉さま!」
スノウが異常に気付いて辺りを見回す。
私の姿は見えていないみたいだ。
私も声を出したいのに、口を動かすことも出来ない。それどころか手も足も出ない。
「サクラ!」
唯一、院長だけが私を捉えて手を伸ばした。
しかしその手が届くよりも、『虹の女神』の腕の方が早かった。
どんどんと皆から―――いや、この世界から遠ざかっていく。
急激に霞む視界に、意識が遠のいて―――
気が付いたら、真っ白な天井が目に飛び込んできた。
機械的に鳴るモニターの音。
腕に刺さった点滴。
そして何より、目にかかって見える自分の黒髪……。
前世の月見桜の身体……?
私はスノウの前世だったはずなのに、どうやって魂を戻したんだ。
あの世界の最高神である『虹の女神』の奇跡か……?
神様だもんね。何でもありか。
とりあえず人を呼ぼうとしたが、喉がカラカラに乾いて声も出ない。腕も足も鉛のように重くて動けない。身動き一つするのに痛みが走る。
しかたなくベッドでじっとしていると、看護師さんがやってきた。
看護師さんは目を開けている私に驚いた顔をすると、すぐに人を呼びに行った。
そのままお医者さんの診察があったり、検査を受けたりと忙しなく人が行き来していた。
私は寝ているだけなので、気楽なものだ。
検査が終わってようやく一息ついたところで……部屋の扉が勢いよく開いた。
「桜!」
飛び込んできたのは……お父さんだ。
月見桜の本当のお父さん。懐かしくて涙が出そうになる。
スーツ姿のお父さんは、慌ててやってきたのだろう。髪も服もぐしゃぐしゃだ。それに前に見た時よりもやつれたように見える。
お父さんは私に駆け寄ると、泣きそうな顔で頭を撫でた。
「良かった……。意識が戻って、本当に良かった……」
「おと……さ……」
そのまま泣き出したお父さんに声をかけようとしても、上手く声が出せない。
困って眉を寄せていたら、お父さんの後ろから入ってきた女性が声をかけてきた。
「無理に喋らなくても良いのよ。二か月以上、意識がなかったの。私たちの事がわかる?」
お母さんだ。
お母さんも少し瘦せたような気がする。
私が言葉もなく頷くと、ほっとしたように笑顔を見せた。
「皆、桜の事を心配してたの。琥珀と灰斗……叔父さんたちも来たがってたわ。ね、葵」
お母さんが私の布団をかけ直しながら、扉の方を振り返る。
見れば病室の扉を閉めて、こちらに歩いてくる葵がいた。
葵はモブ君として、あの世界にいたのでは……? どういうこと?




