救済
しかし話し合ったところで何も解決していない。
院長は顔まで半透明になっている。
ゲームに沿って、ラスボスを倒してハッピーエンドなんて認めないぞ。皆が生きててこそ、ハッピーエンドだろうが。
諦められなくて、私は院長を見上げた。
「院長! 何でも出来るって口癖みたいに言ってたじゃないですか。どうにかならないんですか?」
「流石に世界の理に反するのは厳しいよ。時間もないし」
院長は困った顔で答える。
厳しいだけで時間があれば出来るのか。凄いな。
でも今は本当に時間がない。
あと数分で院長の体は消えてしまう。
DLCにはボスである院長が生き残るルートなんてなかったのだろうか。
それとも院長を助けられるフラグが立ってなかった?
クロッカス殿下みたいに、救済に必要なアイテムがいる?
そこまで考えてハッとした。
救済に必要なアイテムなら、持っているじゃないか。
私は懐から『真実の水鏡』を取り出した。
このチートアイテムなら、なんとかなるんじゃないか?
クロッカス殿下の和解にも必要だった物だ。院長にも使えるかもしれない。
ただ、どう使えば良いのかわからない。
わからないのでーーー。
「院長!!」
壊れた家電は叩けば直る。
ゲームも壊れてるなら、叩けば直るかも!!
私は『真実の水鏡』を持って、思い切り院長にぶつけようと振りかぶった。
私の奇行に院長も驚いた顔をする。
「は!? ストップ! 壊れる! そんな事したら鏡が壊れるって!」
院長が止めに入ろうとするが、止めない。
「頑丈だから壊れないですよ! 多分!」
建国当時から存在するアイテムなんて、何らかの魔法がかかってないとこんなに長持ちしないだろう。
だから普通の鏡と違って壊れないと見た。根拠はない。
押し問答をしている時間もないので、勢いのまま院長に『水鏡』をぶつける。
しかし院長も咄嗟にまだ消えていない自分の右腕で、『水鏡』を止めようとした。
院長の右腕は、『水鏡』の鏡面を抑える形で私の動きを止める……はずだった。
しかし、院長の右腕は『水鏡』の中にズボッとハマりこんだ。
「え?」
「あれ?」
これには私も院長も、動きが止まる。
院長の右腕は『水鏡』の鏡面の中に入り込んでいるのに、腕が鏡の後ろに通過してこない。
まるでマジックのように、院長の右腕が鏡の中に入り込んでしまっている。
異変はそれだけではなかった。
『水鏡』が突然輝き出す。
すると『水鏡』の中にズズズ、と院長が吸い込まれ始めた。
「あ、なんか吸われてる! 吸い込まれてるんだけど!?」
叫びながら院長が慌ててその場に踏ん張る。
私も『水鏡』を持って、院長の腕から引き剥がそうと逆側に引っ張った。
「アンバー!」
「二人して何やってんだよ!!」
殿下が院長の肩を掴み、グレイが私と同じ方向から水鏡を掴んで、両側から同時に引っ張る。
二人の協力もあってか、スポーンと勢いよく院長の右腕が鏡から抜けた。
全員、息も絶え絶えである。
「サクラ。急にどうしたの?」
息を切らしながら尋ねてきた院長はーーーいつもの院長だ。
消えていた左腕も、元に戻っている。見える範囲で透明な部分はどこにもない。
それどころか、大人びたラスボスフォームから、いつもの可愛らしい年齢不詳の妖精フェイスに戻っていた。髪だけは長髪のままだけど、見慣れた姿だ。
この鏡、やっぱりラスボスの救済アイテムなんだ。
貸してくれてありがとう、フラックス。




