母と子
クロッカス殿下は上体をグレイに支えられたまま、グッタリと足を投げ出している。ウィスタリアが体から離れた後、瞳を閉ざしたままだ。顔色も相変わらず死人のようである。
ウィスタリアは殿下の隣に膝を折って座り、彼の頬に優しく触れた。
途端に殿下の体から、黒い邪気のような物が抜けていくのが見えた。
「ごめんなさい。貴方が誰かわからずに呪うなんて、私はどうかしてたわ……」
殿下を気遣わしげに見つめながら、ウィスタリアが呟く。
どうやら殿下にかかっていた呪いを解除してくれたらしい。クロッカス殿下の顔に血色が戻って行く。
ウィスタリアが頬から手を離すと、クロッカス殿下の瞼が震えた。ゆっくりと瞼を開いたクロッカス殿下は、目の前にいるウィスタリアを見て頬を緩めた。
「正気に戻ったんですね、ウィスタリア。良かった……」
「ごめんなさい、エンディミオン。貴方にこんな無茶をさせるなんて。不出来な母親で申し訳ないわ。まだ、どこか痛む?」
気づかわし気に見つめるウィスタリアに、殿下は困った顔になった。
「オレはエンディミオンではありません。オレは眠っている間、貴女の影響か魂の記憶を……前世の記憶を見ましたが、例え魂が同じでもオレは貴女の息子ではないのです」
グレイに支えられたまま、クロッカス殿下は静かな声で語る。
クロッカス殿下もエンディミオンの生まれ変わりだったのか。
『雪の妖精』も院長を自分の息子のダイヤだと思ってたみたいだし、ウィスタリアも殿下をエンディミオンだと勘違いしてたんだ。
そう考えればスノウを孫と勘違いしたのも納得がいく。
クロッカス殿下の話を聞いて、ウィスタリアは少し寂しそうな顔で笑った。
「そうなのね。魂は同じでも別人なの……。でも私と貴方は血が繋がっているでしょう? なら貴方を息子か孫扱いしても良いんじゃないかしら」
「え?」
戸惑うクロッカス殿下を、ウィスタリアはにこっと笑って優しく抱きしめた。
「助けてくれてありがとう。私も貴方に守られている間、貴方の記憶を見させてもらったわ。貴方はエンディミオンと同じで優しい子。でも一人で背負いすぎよ。たまには周りに甘えなさい、こんな風に。……貴方に頼られて嬉しい人だっているのよ」
ウィスタリアは穏やかな顔で殿下の背中を撫でる。
その顔は母親そのものだ。
一方のクロッカス殿下はウィスタリアの胸元に顔を埋めたまま、困惑と戸惑いの表情を浮かべている。
急に子ども扱いされても困惑するよね。
わかるよ。私もそうだったから。
殿下には是非、私と同じ気持ちを味わっていただきたい。




