浄化
これでようやく解決したかと思ったが、よく見れば嘆くウィスタリア自身から、再び澱むような魔力がにじみ出ている。
「院長……」
私の呼びかける前に、未だに鋭い目つきでウィスタリアを睨み続けている院長がいた。
言うまでもなく、ウィスタリアの異変に気づいていたようだ。
院長は独り言のように呟く。
「ウィスタリア自身が過去の後悔に囚われているから、外側を浄化しただけじゃダメなのかもしれない。内側の……心の闇を晴らさないと」
神様って厄介だな。
ウィスタリアの気持ちを切り替えさせないと、永遠に災いを振りまき続けるってことか。
「じゃあ、どうすれば……」
思わず私が頭を抱えそうになる中、頭に声が響いてきた。
『俺達に任せてくれ』
『ウィスタリアが嘆いているのは、俺達のせいでもある』
『彼女と話をさせてくれ』
これは肉塊の彼らの声だ。
そうだ。水鏡で見たエンディミオンの映像でも、ウィスタリアは肉塊になった彼らの事を自分のせいだと責めていた。
彼らと話せば、気持ちが変わるかもしれない。
意を決して、私はウィスタリアに向かって走り出す。
「サクラ!?」
院長が驚いた声を上げるけど、振り向かない。
スノウの浄化の魔力のおかげで、ウィスタリアに近づいても勝手に周りの病んだ魔力を弾いてくれる。
私は例の白い杖をシャラーンと左手に召喚すると、泣いてばかりで前も見ていないウィスタリアに杖を手渡した。
これでウィスタリアも、彼らと会話することが出来るだろう。
『大丈夫だよ』
『泣かないで、ウィスタリア』
『誰も君の事を責めてないさ』
肉塊になった彼らの声がウィスタリアに注がれる。
その声を聴いていたウィスタリアは、やがて白い杖をぎゅっと握りしめて嗚咽交じりに喋り出した。
「でも、私のせいで……皆……」
『ウィスタリアのせいじゃない』
『君や俺達を苦しめていた妖精はもういないんだ』
『俺達の事は心配しなくて良いからね』
彼らの声のおかげで、ウィスタリアを取り巻く澱んだ魔力は収まっていった。
それに伴い、巨大な肉塊が溶ける様に消えていく。
元々肉塊になって『雪の妖精』に生かされていたのだ。
その『雪の妖精』が死んでも、ウィスタリアへの未練だけで何とか肉塊を維持していたんだろう。
『良かった。ウィスタリアが助かって』
『いつもみたいに笑ってて』
『大好きだよ』
一人一人の声が消えていく。
やがてあんなに大きかった肉塊は、氷が解けたように消えてなくなった。
残ったのは、肉塊のあった場所を見上げて涙を拭うウィスタリアと白い杖だけだ。
「皆……ありがとう……」
天井を見て呟くウィスタリア。
その顔には、寂しそうな笑みが浮かんでいた。




