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ウィスタリア

 奥の部屋まで戻るとグレイが待っていた。

 グレイは眠っているクロッカス殿下から私たちに目を移した。


「どうだった?」

「大丈夫そうだよ」

「そうか」


 言葉短くに院長と会話して、グレイはクロッカス殿下から離れる。

 それに合わせて、私もスノウと身体の使用権を交代した。

 スノウはオドオドとした様子で院長を見上げた。


「私……どうすればいいの?」


 不安そうなスノウに、院長は優しく笑いかける。


「スノウは殿下に触れて呼びかけて。大丈夫、何があってもスノウはボクとサクラが守るよ」


 勿論。幼女は何が何でも守るとも。

 心の中で院長に同意する。

 私たちの言葉で、スノウは決意したように己の両手をぎゅっと握りしめると、クロッカス殿下に近づいた。

 スノウはクロッカス殿下の傍で膝をつくと、そっと殿下の手を握った。


「お父様……起きて。もう大丈夫よ」


 スノウの呼びかけに、殿下の指がピクリと動く。

 殿下の瞼が震えるように徐々に開く。

 その瞳は―――闇色だ。

 クロッカス殿下から、ぶわりと禍々しい魔力があふれ出る。

 これはウィスタリアの物だ。


「お父様! しっかりして! 戻ってきて!」


 スノウが必死に呼びかけても、殿下は苦悶の表情を浮かべるだけだ。

 それでも攻撃してこない辺り、ちゃんとスノウの呼びかけは響いているとは思う。

 それを見ていた院長が舌打ちした。


「思ったよりウィスタリアと同化してる。……今回は時間が長かったせいか」


 10年前はウィスタリアに乗っ取られていたのも半日にも満たなかった。

 今回はそれ以上である。

 そのせいで、殿下も前みたいにウィスタリアに抵抗して目覚められないのかもしれない。


「そんな……どうしたら……お父様……」


 スノウが泣きそうな顔でクロッカス殿下の手を握る。

 そこで院長がバッとグレイの方に振り返った。


「グレイ! ウィスタリアと殿下を切り離して!」


 突然話を振られたグレイは驚いた顔で院長に噛みつく。


「は!? そんなことできるわけ……」

「出来るよ!! スノウが呼びかけてくれたから、グレイは見えてるでしょ! 殿下とウィスタリアが!」


 この二人には何が見えてるんだ。

 私には苦しんでるクロッカス殿下しか見えないんだけど。

 グレイは院長の言葉に押されて、剣を抜いた。


「失敗しても文句言うなよ!」


 グレイはクロッカス殿下に駆け寄ると剣を振りかぶる。

 それを見てスノウが息を飲む。

 ―――リリーさんが殺された時と重なったのだろう。

 それでもスノウはクロッカス殿下の手を離さなかった。

 そしてグレイが切り払ったのは、クロッカス殿下の長い髪だけだ。

 殿下には傷一つ、ついていない。

 しかし長い髪と共に、どろりとした怨念のような魔力がクロッカス殿下から流れ出る。


「ありがとう、グレイ!」


 その禍々しい魔力が殿下に戻ろうとする前に、院長がウィスタリアに両手をかざして己の魔力で封じ込める。

 グレイは殿下とスノウを両脇に抱えて飛び退った。


「本当に無茶言いやがって……! 後はお前がやれよ!」

「わかってるって!」


 院長の魔力が竜巻のようになって、禍々しい魔力を閉じ込めている。

 竜巻に翻弄されるように形を成さなかった魔力の塊が、徐々に人の形を形成していく。

 紫の髪の少女―――ウィスタリアだ。顔を覆って泣いている。

 ウィスタリアから放たれる魔力は徐々に衰えてきたが、まだまだ収まる気配がない。

 院長はスノウに―――いや、私に向かって叫んだ。


「サクラ! サクラも手伝って!」

「了解!」


 スノウに変わって、今度は私が身体の使用権を得る。

 グレイの腕から飛び出して、院長の隣に並ぶ。


「サクラの分の魔力もボクに貸して! ボクと同じ、浄化の魔力だ!」

「はい!」


 私は院長の腕に自分の手を重ねる。

 魔力の譲渡なんてやったことがないけど、用は相手に魔力を流せばいいんだろう。

 身体強化で体に魔力を巡らすみたいに、院長の方に向けて私の魔力を回す。

 本来なら相手に魔力を渡して魔力を消費しているはずなのに、なんだか温かな気持ちになる。

 これが乙女ゲーム仕様って奴か。

 疲労感も苦痛もなくて万々歳だ。

 私の魔力のお陰か、ウィスタリアを囲う魔力は嵐のようだ。ウィスタリアを取り巻いていた禍々しい魔力があっという間に霧散していく。

 やがて院長が両手を下げると、ウィスタリアを囲う風は治まった。

 残っているのは相変わらず泣いているウィスタリアだけだ。彼女からは禍々しい魔力が消え去っていた。


 やったか!?


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