ウィスタリア王国
エンディミオンが王様だった頃の話です
* * *
「でもオレだけじゃ足りないんだ」
玉座に座ったエンディミオンが息を吐く。
王冠を被り、マントを羽織って、見た目がいくら雄々しく立派になろうとも、中身は昔と変わらない。
エンディミオンは地下を―――母がいる方を見て、決意したようにうなずく。
「だから人々の祈りの力を借りる。一人一人の祈りは小さく、弱くても……集めれば、いつか神にだって届く願いと癒しになる。……オレはそう信じてる」
その言葉に、エンディミオンの隣にいるアルテミシアが微笑んだ。
「だから国の名前を『ウィスタリア』王国にするのね。人々が国―――ウィスタリアの平穏を願えば、それが直にウィスタリアを癒す力に変わる。どちらも『ウィスタリア』だもの。呪いに使われる見立ての一種ね」
アルテミシアの言葉に、エンディミオンが悪だくみをするような顔で笑った。
「だから『ウィスタリア』が嫌われないような話を考えないとな。……それを広めてほしいんだ、アルテミシア。君は人の心を掴むのが上手いからな」
「任せておいて、私の王様」
アルテミシアが軽やかに頷く。
一方でエンディミオンの左隣にいたダイヤが、疲れたような顔で肩を回す。
「理屈はわかるけど、術式を作るの大変だったんだからね。しかも何年経とうが蓄積できるようにするなんて―――水晶とか、物に貯めこむならもっと簡単だったのに」
ダイヤが恨み辛みを込めたようにエンディミオンを睨みつける。
しかしエンディミオンは首を横に振った。
「物だと『雪の妖精』に壊されてお終いだろう。だからオレたちの子孫に―――属性魔法を持たない者に継承させていくように術式を組んだ。オレとアルテミシアの子は、『雪の妖精』の子孫でもある。あの妖精は、自分の血縁に手を出せない。『雪の妖精』に邪魔されないためにはこれしかない。―――子孫たちにこんな事を背負わせて、申し訳ないが」
エンディミオンが悲しそうに己の拳を握りしめる。
それでも決意の眼差しは変わらない。
一度言い出したら聞かないのだ。
それがわかっているから、ダイヤもアルテミシアも溜息をつくだけで反対しない。
「いいんだけどね。ボクらは属性魔法が無いから、純粋な祈りの力と相性が良い。最初が弱くても、エンディの寿命が尽きる頃には強力な力になってるよ」
「ああ、そうだな。それまでにオレが母さんを説得できれば、不要になる物だけど……恐らく無理だろう」
自嘲めいた笑みを浮かべるエンディミオンに、アルテミシアは気遣うように彼の肩に手を置いた。
そんな空気を払拭させるように、ダイヤが話題を切り替えた。
「そうだ。それならエンディと姉さんの子を一人養子に頂戴。癒しの力を持つ子は、王様とは別にいた方がリスクの分散になるでしょ」
「構わないが……嫡男のシルバーはダメだぞ。あの子はオレの後を継いでもらうんだから」
真顔で忠告するエンディミオンに、ダイヤは呆れた顔をする。
「わかってるよ。そもそもシルバーはファザコンだから、ボクが養子になってって誘っても断られるに決まってる。他の子に話をしてくるよ。一人くらいはボクの子になってくれても良いって言ってくれるはず……多分……うん」
意気揚々と歩き出したと思ったら、段々自信なさげになってトボトボと王の間を出ていくダイヤに、思わずエンディミオンとアルテミシアは笑った。
そしてエンディミオンは窓から外を見やる。
日の降り注ぐ中、王都は建設が進んでいた。
忙しい中、快活に笑う人々を見ながら、エンディミオンは笑った。
「人々の力を借りるんだから、オレも絶対に皆を傷つけさせない。母さんが正気に戻るまで、オレが守ってみせるさ」




