白い杖
「院長……」
かける言葉も見つからず、院長を見上げる。
しかし院長の表情は穏やかだ。
リリーさんが亡くなったら、てっきり泣き喚くと思ったのに。
気遣う私に、院長は笑顔を見せた。
「大丈夫。姉さんはそこに居るから。ずっと傍にいてくれるよ」
そう言って、院長は殿下の近くを指差す。
つられて私はそちらを見た。
何も見えない。
「ああ、そうだな」
グレイも穏やかな表情で頷く。
だから見えないんだって。
二人の表情から凄く良いシーンの予感がするのに、相変わらずの零感である。
リリーさんがクロッカス殿下の守護霊になってくれた感じなのだろうか。
よくわからないけど、二人の雰囲気に水を差すのは悪いと思ったので黙っている事にした。
大人なので。
私が一人疎外感を味わっていると、私の持っている杖から声が響いた。
『君にも迷惑かけたな』
『俺達からも頼むよ』
『ウィスタリアを助けてやってくれ』
それぞれ異なる男性の声。
肉塊にさせられた人達の声だ。
振り返ると、肉塊から出る触手がウネウネとアピールしていた。
冷静に見ると、やっぱりちょっと気持ち悪いな……。
さっきは戦闘の高揚感で無視出来ていたが、そもそもが人間の肉塊なのだ。
可哀想なのはもちろんだが、生理的に受け付ける物ではない。
『ごめん……』
『女の子には刺激が強かったか……』
触手がしょんぼりとしたように垂れると、スゴスゴと肉塊の中に戻っていった。
ごめんって。
どうやら杖を持っていると、彼らと会話が出来るらしい。
私は杖を握りしめて、肉塊を見上げた。
「私達も出来る限りを尽くして、ウィスタリアを助けます。貴方達も力を貸してください」
『もちろん』
『喜んで』
『君、可愛いね。名前は?』
肉塊の中の人達も、ウィスタリアを助ける為なら力を貸してくれそうだ。
一部変な声が聞こえたけど、多分気のせいだろう。
「またサクラが変なのに好かれてる……」
院長の呟きが聞こえてきた。
またってなんだよ。
思わず院長を睨みつけると、グレイまで院長に同意するように頷いていた。
私の中で一番変なのは院長だよ。
肉塊の中の人達は別に変ではない。『雪の妖精』にこんな姿にさせられただけだ。
院長が自分の事言ってるなら納得するけど。
院長は親馬鹿なので、娘扱いしている私の事は大好きだろう。
それは置いておいて、『雪の妖精』から奪い取った杖は持って歩くのも邪魔になる。
軽いから良いけど、私の身長くらいあるのだ。
よく見れば杖は骨で出来ていた。
これって、人のーーー
私は自分の思考を中断させた。
思わず杖をぶん投げたくなってしまったからである。
間違いなく肉塊になった彼らの遺骨である。ぞんざいに扱いたくはない。
「……力を貸りる時にまた来ますね」
私はそっと杖を肉塊の側に置いた。
持っていたくないとかじゃない。不便だからだ。それだけだよ、本当に。




