教育は大事
『雪の妖精』はその笑顔のまま、院長に目を向けた。
「わざわざ連れてきてくれたのか? 優しい子じゃな。恩に着る」
「そんなわけないでしょ」
院長は蔑んだような眼で、肉塊に座る『雪の妖精』を見る。
一方の『雪の妖精』はきょとんとした顔をしている。
その顔に、院長は余計に苛立ちを強めた。
「ボクはお前をぶん殴りに来たんだよ。今までウィスタリアを自分の欲望の為に閉じ込めてた事を黙ってやがって、お前のせいでボクら子孫が苦労する羽目になったんじゃないか」
「黙っていたことがあるのは謝るが、己の事を全て話せる者はいないじゃろ。そもそもな。己の好いた者は独り占めしたいじゃろ! 誰にも会わせたくない、閉じ込めておきたいと思うのは当然では!?」
とんでもなく自分勝手な事を宣う『雪の妖精』に、院長はぐっと拳を握りしめた。
「わかる!!!!!!」
「そうじゃろ!?」
「院長!!」
「同意すんな!!」
まさかの力一杯の同意である。
思わず私とグレイが院長に詰め寄ろうとしたが、院長はキッとした顔で『雪の妖精』を睨みつけた。
「自分がそうしたいからって、他人にそれを押し付けたらダメだよ。大事な人なら猶更だ。相手の気持ちを考えないで傷つけるなんて最低だよ。―――ボクはそれを、教えてもらったから」
院長は悲しそうな顔でクロッカス殿下を眺めた後、再び『雪の妖精』を見つめる。
「兄上の教育のお陰か……」
グレイが呆れたような、感心したような声で呟く。
教育って大事なんだな。
『雪の妖精』は理解できないというように首を傾げる。そのまま、しばらく考えを巡らせていたようだが、諦めたように溜息をついて殿下に目を向けた。
「しかしな。早くウィスタリアを引きはがさないと、その者は三日と持たぬぞ。お主の大切な主じゃろう。儂がウィスタリアを引きはがせば、全て元通りじゃ。今まで通りに過ごせるんじゃぞ?」
「それじゃ何の解決にもならないよ。ウィスタリアを救って、殿下の呪いも解いて、それでやっとあの人は普通に過ごせるんだ。お前には今までウィスタリアも殿下も不幸にした責任を取ってもらう」
意見を曲げない院長に、『雪の妖精』は我儘を言う子どもを見るような困ったような顔になる。
『雪の妖精』はそのままの顔で私に目を向けた。
「ウィスタリアが救えると、本当に信じているのか? エンディミオンの言葉さえ届かなかったというのに。サクラ、それにスノウ。世界の為に、あの子を説得してくれぬか」
「貴方がいなくても、ウィスタリアは私達で救います。殿下も―――お父様も、私達なら出来るって信じてくれたから」
私とスノウの言葉が重なる。
『雪の妖精』はいよいよ渋い顔になる。彼は断腸の面持ちでぐっと杖を握った。
「お前たちを傷つけたくないんじゃ。特にダイヤ、お前はな」
「人の名前、間違えないでよ。ボクはアンバーだ!」
院長が怒りのままに地を蹴る。
戦いの火蓋が切って落とされた。




