元凶
院長の言う事は最もだ。
明らかに最終決戦っぽいし、危険度も段違いだろう。更に映像で見た時もグロかった肉塊を、現実で直視しなければならない。
本来なら喜んで院長の言に従うところなんだけど―――私は首を横に振った。
「いいえ、私も院長たちについていきます。……行かせてください」
「サクラ?」
決意を込めた私の言葉に、院長もグレイも怪訝そうな顔をする。
私は笑顔で二人に向き合った。
「あの野郎……じゃなかった。『雪の妖精』を自分の手で殴らないと気が済みません。行かせてください」
言いながら、己の拳をボキボキ鳴らす。
私は『雪の妖精』に乞われて、この世界で目覚めた。
その際に依頼された記憶を消されたし、10年の間で危ない目にも合ったし、うっかり死にかけててもおかしくなかった。
それも全部『雪の妖精』のせいである。
しかも、そもそもの元凶が『雪の妖精』だった。
許せるか?
いや、許せない。
絶対に殴る。もしくは痛い目に合わせてやる。
私の怒りを見て取り、院長はふっと微笑んだ。
「それなら仕方ないね……」
「仕方なくないだろ。何言ってんだ」
グレイが引いたように院長を見やる。
しかし院長は笑顔のまま、ぐっと親指を立てた。
「怒りの原因は直接殴った方がスッキリするのがいいんだよ。後の事は殴った後に考えれば良い。ボクはいつもそうしてる」
「そうですよ。『雪の妖精』がすべての元凶なんだから、とりあえず殴って良いでしょう?」
私が院長に同意するようにウンウンと頷くと、グレイは頭を抱えてしまった。
「この戦闘民族どもがよ……」
しかし私の横にいたジェードが、心配そうな顔で私の袖を引いた。
「でも、危ないんでしょう? 止めておいた方が……」
「大丈夫! 院長たちの傍が一番安全だから」
さっき院長たちの言ってた通りだ。
この二人が止められなかったら、他の人は絶対に無理だろう。
遅かれ早かれ危険が迫るなら、この二人と一緒が良い。
それに元凶も殴れる。良いことずくめだ。
私が意見を曲げないのを見て、ジェードはぐっと決意を固めた表情をする。
「それなら僕も一緒に―――」
「ジェードは絶対にダメ。足手まといにしかならない」
院長がジェードの言葉をバッサリ切り捨てる。
ジェードはやや怯えながらも、真っ直ぐに院長を睨んだ。
「でもサクラは―――」
「サクラはジェードより強いでしょ。それに……『雪の妖精』は、自分の子孫には優しいんだ。サクラの事を狙って傷つけるなんてしないよ」
院長は少し悲しそうな顔で言い切る。
きっと院長も『雪の妖精』に色々親切にされた経験があるのだろう。
それに『雪の妖精』はスノウの心も保護してくれた。
私がスノウを目覚めさせる際に『雪の妖精』に再会した時も、スノウの事を本当に心配していたし、笑って送り出してくれた。
身内には優しく、他人には容赦がない。
院長みたいだな。
院長が聞いたら怒りそうな事を考えている間に、院長とジェードの話は続く。
「ジェードは代わりにフラックスの動向を追いかけて。何かまずいことをしでかしそうなら止めておいて」
「わかりました」
ジェードは渋々頷く。
フラックスが何を思いついたのかわからないけど、この期に及んでまた問題が発生したらたまったもんじゃない。
ジェードが動向を監視してくれるなら、そちらも安心だ。
各々の行動が決まったところで、地面が揺れた。
地震じゃない。
何かが地下を蠢いているような、気味の悪い振動だった。
思い当たる節は一つしかない。
院長は顔を上げて、私たちを見た。
「行こう」
「おう」
「はい!」




