信頼
「アンバー、壁は直しておけよ」
そう言い残すと、フラックスは部屋から飛び出して行った。
フラックスから渡された水鏡を大切に胸に抱えると、何故かジェードがジッと私を睨んできた。
「サクラは家宝を渡されるくらい、ブルーアシード様に信頼されてるんだ……。ふぅん……へぇ……」
嫉妬混じりの視線でブツブツ言ってるんだけど、なんでだろう。水鏡を持てるのが羨ましいのかな。国宝級の代物だし。
しかし今はそんな事を言っている場合ではない。
私がアンバーにどうするのか視線で問いかけると、アンバーは仕方なさそうに眼鏡を外した。
ジェードは初めて見るだろう。執事姿から『雪の妖精』そっくりの院長に早変わりである。
驚きすぎて言葉もないジェードに、院長は眼鏡を懐に仕舞いながら声をかける。
「ジェード、この事は誰にも言わないでね」
「は、はい……」
ジェードは機械のようにコクコクと頷いた。
そんなジェードの反応を気にも止めずに、院長が指を鳴らす。すると時間が逆再生されるように、アンバーが殴った壁が修復されていく。
その間に、私は院長に尋ねた。
「どうして『雪の妖精』は、突然地下から出ようとしてるんでしょう」
今まで何があろうとウィスタリアを封印し続けて、地下に留まっていたのに突然の凶行だ。
私の疑問に院長は至極当然の顔で答える。
「そのウィスタリアを探してるんだよ。今、ウィスタリアはクロッカス殿下の内にいるんだから」
そうだった。
あんなに執着していたウィスタリアが逃げ出したら、探しに行くに決まってる。
グレイは額を押さえて、ため息をついた。
「殿下は『雪の妖精』からウィスタリアを守るために、一時的にでも自分の内に逃したのか。無茶しやがる」
「本当にね。説明もなしに、こんな事しないで欲しいよ」
院長も呆れた顔で、眠ったままのクロッカス殿下を睨む。
殿下は起きたら二人にガッツリ叱られて欲しい所だ。
しかしそこまでの話を聞いて、ふと気づいた。
「つまり『雪の妖精』が目指しているのは、ウィスタリアがいる……ここ……?」
「そうだよ」
容赦なく事実を告げる院長に、ジェードはオロオロし始める。
「ど、どうするんですか……? 『王の影』は地下から避難しましたけど、城や王都の人々を大勢避難させるのは難しいですよ」
確かにあの肉塊が暴れ回ったら、阿鼻叫喚の大騒ぎになってしまう。
しかし院長は冷静だ。
「そんな事しなくても、地下で決着をつければ良いだけだ。地下は古の魔法で頑丈に出来てる。ボクが暴れても待つよ」
そこまで言うと、院長はグレイに視線を向けた。
「グレイ、殿下の護衛しながら、ボクについてきてくれない?」
「良いけどよ。殿下は置いてった方が良いんじゃねーか?」
グレイの疑問に院長は首を傾げる。
「ボクとグレイの傍が1番安全な場所でしょ。『雪の妖精』は殿下を狙ってるんだら、地下に留めるためにも連れて行こうよ。……それとも、守りきれる自信がないの?」
挑発的な笑みを浮かべた院長に、グレイも皮肉混じりの笑みで返す。
「そんなわけないだろ。任せろ」
院長とグレイはそのまま拳を突き合わせた。
信頼が厚い。
グレイが眠っている殿下を担ぐ中、院長は再び私に視線を向けた。
「サクラはジェードは留守番してて。わざわざ危ないところに行く必要はないから」




