触手
ダァン! と凄まじい音と振動が伝わって来て振り返る。
見ればアンバーが壁を殴りつけていた。壁にはひび割れどころか、ガッツリ穴が空いている。
「アイツのせいじゃないか……!」
アンバーは……いや、院長は口調を取り繕うことさえ出来ていない。
完全にキレている。
院長のこの反応からして、『雪の妖精』の真相について全く知らなかったんだろう。
嘘が見抜ける院長だとしても、ウィスタリアと『雪の妖精』については常識過ぎて尋ねる事すらなかっただろうし、最近ウィスタリアの闇堕ちについて聞こうとしたら、音信不通になったから疑いようもない事だ。
ひょっとして『雪の妖精』が音信不通になったのは、真実を見抜かれるのを危惧して黙りを決め込んでいただけでは……?
『雪の妖精』への不信感が頭をもたげる中、突然部屋の扉が開いた。
「サクラ!」
「ジェード!?」
部屋に飛び込んで来たのは焦った顔のジェードだ。
「お前、女王陛下付きの執事だろ。なんでこの屋敷に?」
警戒感を露わにするフラックスに、ジェードはスンっと感情を削ぎ落とした顔で一礼した。
「申し訳ありません。緊急事態ですのでご容赦ください。非礼の詫びは、後日必ず行います」
普段とは別人のような、人形みたいな表情だ。
『王の影』としてのジェード……ゲームではこれがデフォルトだったんだろうな。
ただならぬ様子のジェードに、フラックスは片眉を上げて尋ねる。
「緊急事態? 女王陛下に何かあったのか?」
「いいえ。ですが、城の地下から触手のような、謎の物体が溢れ出して来たのです。今は、城に施された古の魔法で地下に留まっていますが、いずれ地上に向かうでしょう」
「地下って……」
私の言葉に、ジェードが頷く。
城の地下。つまり『影』の本部が被害に遭っているという事だろう。
ジェードは切迫詰まったように続けた。
「サクラ、あの方……院長が何処か知らない?」
「えーと……」
本部がとんでもない事になっているから、院長を探していたのだろう。
私なら院長の行方を知っているかもしれないとおもて、ジェードは訪ねてきたのだ。
その院長……アンバーは目を座らせて呟いた。
「丁度良い。出て来たんなら、目に物見せてやる」
一方でフラックスは顎に手を当てて思案する。
「触手……というと、まさか今見た肉の触手と『雪の妖精』か……? 悪い、俺は先に城に向かう。今の映像を見て、わかった事があるんだ」
フラックスは確信を持ったように決然と顔を上げた。
なんかわかんないけど、何かのフラグが立ったようだ。
フラックスは『真実の水鏡』を拾い上げると、少し考えてから私に水鏡を渡してきた。
「お前に大人しくしてろと言っても無駄だろうから、これを渡しておく。何かしら、サクラの役に立つだろう」
「ありがとうございます。でも私はそんな危険なことしません」
私の言葉に、フラックスはフッと笑った。
なんだ、その『俺はわかってるぜ』みたいな顔は。




