理解
「まぁ、ウィスタリアも出産直後で弱っていなければ、こうして捕らえる事は出来んかったがな」
『雪の妖精』は愛おしそうにウィスタリアを眺める。ウィスタリアはそれに答えず、泣き続けるだけだ。
「オレをあの村に転移させたのはお前か。……オレも肉壁の材料にすれば良かっただろ」
エンディミオンは胡乱げな顔で『雪の妖精』を睨みながら吐き捨てた。
ウィスタリアの加護のある人間だけで、これだけの結界が築けたのだ。ウィスタリアの血が交じる赤子も材料にすれば、より強固な結界が出来ただろう。
しかし『雪の妖精』は戸惑ったような表情で、エンディミオンに目を向けた。
「何を言っておる。尊い神の血が流れておる御身に、そんなことをしたりせんよ。人の血が流れているとはいえ、そんなに己を卑下するな」
「その神に、とんでもない事してるお前が言うな」
ダイヤが半目になって反論するが、『雪の妖精』はまるで応えていない。
「儂はウィスタリアを傷付けたりしとらんじゃろ。ただ、一人占めしていたいだけじゃ。……それに、ウィスタリアの子をあの牧場に送ったのは、ひとえに我が子たちの為じゃ」
『雪の妖精』はダイヤを見つめる。
ウィスタリアに向ける狂気的な物とは違う、純粋に愛情に溢れた笑みで。
「双子なら寂しくないだろうとは思うたが、友達は欲しいじゃろ? 儂も友が欲しかったからの。仲良くなってくれて良かったわ」
身内への親愛の情と、残虐性が同居する男だ。
それが妖精の性質か、それとも愛されなかった境遇からくるものか定かではない。
それでもダイヤには、『雪の妖精』に親を感じるには充分だった。……同時に、理解し合えないと痛感するのにも充分だった。
悲しそうな表情で『雪の妖精』を見つめるダイヤを慰めるように肩を叩いて、エンディミオンは再び『雪の妖精』を睨む。
「二人に逢わせてくれた事には感謝している。だが、それとこれとは話が別だ」
「ほぅ。ではどうする?」
『雪の妖精』が杖を掲げて臨戦態勢を取る。
同時に床や壁、天井の肉壁がぐちょぐちょと気味の悪い音を立てて、二人を捕えるかのように取り囲む。
「エンディ……」
分が悪いと判断したのか、ダイヤが不安そうな顔でエンディミオンを見やる。
エンディミオンも肉壁をーーー自分の父親を攻撃するのは躊躇いがあるのか、動く事は出来ないでいた。ウィスタリアを解放した後の事はどうするのかも、迷いがあるのだろう。
三者三様に動かずにいる中、エンディミオンが悔しそうに拳を握り締めた。
「今は……諦める……。だが、どれだけ時間がかかっても、必ず母さんも、彼らも助けてみせる」
「左様か。それなら妖精の身ではあるが、対抗させていただくだけよ。ウィスタリアの御子息」
『雪の妖精』が杖を下げると、肉壁たちもただの壁に戻っていった。
エンディミオンは最後に『雪の妖精』を睨みつけて、身を翻した。
ダイヤも心配そうな顔でエンディミオンについていく。
最後にダイヤが『雪の妖精』を振り返る。
『雪の妖精』は旅立つ我が子を見送るように、穏やかな笑顔で手を振っていた。
映像はそこで途切れた。




