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愛と憎しみ

 『雪の妖精』が持っていた杖で地を叩く。

 すると地面が振動し始めた。よく見れば、床がぐちゅぐちゅと気味の悪い音を立てて動き周っている。

 床も壁と同じように不快な肉塊に覆われているのだ。

 やがて肉塊たちが腕のような形状を持って、地面の下から何かを持ちあげてきた。

 ウェーブのかかった紫の長い髪を持つ少女―――ウィスタリアだ。

 絶世の美少女だった少女の顔は、絶望と恐怖で歪んでいる。その服は血と肉でまみれ、肉の檻に囚われて怯えたように縮こまっている。

 その光景に、ダイヤが吐き気を堪えるように口で手を塞ぐ。

 エンディミオンも呆然と少女を眺めていたが、ウィスタリアが何かを呟いているのを聞いてはっとした。


「タス……ケテ……だれか……」

「母さん!!」


 ずっと聞こえていた、助けを求める声と同じ声。

 エンディミオンは思わずウィスタリアに駆け寄った。

 しかし駆け寄ってきたエンディミオンに、ウィスタリアは人の物とは思えない悲鳴を上げる。

 その途端、ウィスタリアから禍々しい魔力が放出された。

 恨みと憎しみで暴れまわる魔力の奔流が、エンディミオンを弾き飛ばす。

 ウィスタリアは焦点の合わない眼で悲鳴を上げながら暴れようとするが、ウィスタリアの動きを肉塊の腕たちが取り押さえる。それによってウィスタリアはますます発狂する。

 荒ぶる魔力が渦巻く中、『雪の妖精』は白い杖を持ったまま、涼しい顔でウィスタリアの近くに立っている。


「無駄じゃよ。ウィスタリアにあるのは儂への恨みと恐怖だけじゃ。他の者なぞ目に入らぬわ。例え息子であろうとも、自分を害する何かとしか思えんよ」


 『雪の妖精』は暴れまわるウィスタリアを、まるでゆりかごで揺れる赤子を見守るように穏やかに見つめる。

 一方で、弾き飛ばされて地面に背を打ち付けたエンディミオンは、それでも上体を起こして『雪の妖精』を睨む。


「どうしてこんなことを!?」

「ウィスタリアを愛しているからに決まっておろうが」


 『雪の妖精』は当然のように微笑みながら宣う。

 これにはエンディミオンも、エンディミオンを助け起こそうとしたダイヤも絶句して動きを止めた。

 そんな二人を無視して、『雪の妖精』はウィスタリアを見ながら恍惚とした笑みを浮かべた。


「こうすれば儂だけ見てくれる。儂の事だけ考えてくれる。こうして閉じ込めておけば何処へも行けない。ずっと一緒じゃ」


 ウィスタイアは相変わらず、悲鳴を上げて身をよじっている。

 ダイヤはエンディミオンに手を貸しながら、悲しそうに『雪の妖精』を見つめた。


「そんなの間違ってるよ。ウィスタリアがお前に向けているのは、恨みや憎しみじゃないか。―――相手も愛してくれないと、意味がないよ」

「恨むや憎しみで良いではないか。何よりも衰えない感情じゃ。儂も虐められた恨み辛みは何年経っても衰えない。愛なぞすぐ移ろうじゃろ」


 平然と言い返す『雪の妖精』に、今度こそダイヤは哀れみの視線を向けた。


「お前は本当に愛されたことがないんだね。可哀想に」


 ダイヤの言葉にも『雪の妖精』はきょとんとした顔をしている。何が可哀想か、まるで理解できていない顔だ。

 しかしそんなダイヤの横で、怒りに打ち震えていたエンディミオンが顔を上げた。


「許さない……! こんな物、すべて破壊してやる……!」


 エンディミオンを取り巻く魔力が唸りを上げる。

 ウィスタリアを取り巻く肉塊どころか、この結界事全てを吹き飛ばすほどの魔力が放たれる前に、『雪の妖精』が微笑んでエンディミオンに告げた。


「良いのか? この肉塊は其方の父親じゃぞ」


 その一言に、エンディミオンの動きが止まる。

 『雪の妖精』が天井に向かって杖を向けると、そこに人の『口』がいくつも生えてきた。


「エンディミオン……」

「助けて……」

「殺さないで……」


 口々に違う人間の声が喋りかけてくる。どれも男性の声だ。

 狼狽えるエンディミオンと共に、ウィスタリアの泣き声が木魂する。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで皆……!」


 泣き叫ぶウィスタリア微笑みながら『雪の妖精』は語る。


「ウィスタリアは気にいった男どもに己の加護を与えて、ハーレムを作っておった。代わる代わる相手を変えておったから、どれが其方の父親かはわからんがな」


 魔力を霧散させたエンディミオンに変わって、冷静になったダイヤが肉塊を見回す。


「ウィスタリアは自分の加護を持った人間たちのせいで……ウィスタリアはここに囚われてるってこと?」

「そうじゃ。一人ならともかく、複数人分の加護じゃからな。しかもどれも強力なものばかりじゃ。神を縛るなら妖精や人間の力では足りぬ。同じ神の力がなくてはな」


 恐らくウィスタリアが『自分を守って欲しい』という願いを込めて、様々な加護を渡したのだろう。

 しかし強力な加護でも、与えられたのが人間なら必ず油断や弱点、気の緩みなどは存在する。それをつかれて、全員こんな肉塊にさせられてしまったのだ。

 そのせいで、ウィスタリア自身が縛られているのは皮肉な話だ。

 『雪の妖精』はなおも続ける。


「それに、今のウィスタリアを外に出してどうする? 己の事もわからぬまま、厄災を振りまくだけの存在になるぞ。其方は己の母親が、地に生きるもの全てを傷つける存在として恨まれても良いのか?」

「お前がそうしたんだろ……!」


 吐き出すように叫んだエンディミオンに、『雪の妖精』はにこやかに頷いた。


「そうじゃ。だから儂が責任をもって、生涯ウィスタリアと共におるとも」


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