大人な対応
アンバーと馬車に向かっているところで、グレイが駆け寄って来た。
グレイはアンバーに抱えられているクロッカス殿下を見て眉をひそめたが、それも一瞬だ。
いつも通りの真面目な顔で、アンバーに向き直った。
「詳しい話は後で聞く。それより殿下に医師を呼ぶか?」
「必要ありません。診せても意味がない。……それよりもすぐに王都に戻りましょう。それが最善です」
「わかった。二人が乗って来た馬車は留めてある。それで帰ろう」
グレイとアンバーは二人で並んで歩きながら、次の行動を淡々と決めていく。
表面上冷静なグレイの横顔を、アンバーが伺うように横目でチラリと見た。
「……私を責めないんですね、グレイ」
「お前が無理なら俺も無理だ。それとも、責めて欲しいのか?」
グレイは皮肉っぽく笑って、アンバーの肩を叩いた。
グレイは大人だなぁ。
本当はクロッカス殿下に何があったか一番に聞きたいだろうし、兄を守れなかったアンバーの事も怒鳴りつけてもおかしくないのに。
珍しくアンバーの方が気まずそうにしている。
私が口を挟める空気ではない。
そのまま私達は王族の紋章の掲げた馬車の手前まで来た。
当然のように乗り込もうとするグレイとアンバーに、私は慌てて声をかけた。
「あの、私、先に王都に帰ってフラックス様に伝えてきます。馬車より馬の方が速く着くと思います」
『真実の水鏡』はブルーアシードの家宝だ。
借りるにはフラックスの許可がいるだろう。先に王都に戻って、話をつけた方が良い。
しかし私の肩に乗っているモグラは不思議そうに首を傾げた。
「馬車で一緒に行けば良いだろう。ここから王都までなら、馬車でもそれほど時間はかからんだろ」
「そういうわけにはいかないの。王族の紋章の入った馬車に、一般人なんか乗れないよ」
モグラに小声でヒソヒソと説明する。
前に一度乗った事もあるが、あれはクロッカス殿下の許可があったからだ。
今は殿下に意識がないし、護衛のグレイとアンバーならともかく、私は無理だ。
私の手前二人が私の話を聞いて『そういえばそうだった』みたいな顔してるけど。
グレイもアンバーも、私……というかスノウが殿下の娘だから当然のように一緒に乗ろうとしてたな。
スノウの事は一般的に公表してないんだから、ダメに決まってるだろ。
「人間は面倒だな……」
モグラが呆れたように首を振る。
モグラと話している間に、馬車の中にクロッカス殿下を寝かせたアンバーが戻ってくる。
「サクラさんなら道中も大丈夫だとは思いますが……何かあれば飛んで行きます。安心してください」
にっこり胡散臭い笑みを浮かべるアンバー。
でも比喩じゃなくて、本当に飛んで来てくれるだろう。
院長だから。




