そしてボクにできるコト
しかしクロッカスは額を押さえたまま、アンバーに目を向ける。
「ここを塞いだら、他の場所に影響が出るんじゃないか?」
混乱していても冷静な判断をするクロッカスに、アンバーは静かに視線を戻す。
クロッカスは池の周りを見回して頷いた。
「ここはオレが初めてリリーと出会った場所だ。コレが出てくる寸前で、俺たちが何とか止めたんだ」
「ああ。そういえば、そうでしたね。……貴方と姉さんが言っていた邪神ってアレの事だったんですか」
アンバーは黒い池と、真ん中のドロドロの人影を見やる。
確かにこんな黒い池があって、おぞましい何かが出てきそうになっているとわかったら、村一つ爆発させて逃げてきても仕方ないか。
アンバーと同じく『雪の妖精』の血を引くリリーがいれば、封印も出来ただろう。
長年の疑問にやっと納得がいったような顔をするアンバーに、クロッカスは苦笑する。
「まさかアレがウィスタリアだとは思わなかったけどな。元々ここには出てくる条件が整っていたのと、封印していた『雪の妖精』に何か異常が出たことで、地の底から這い出してきてしまったんだろう」
返事のない『雪の妖精』。
おそらく根本の封印の力が弱まったせいで、古の魔法で守られている王都以外―――特に条件が揃っていて王都に近いここに出現してしまったのだ。
クロッカスは冷静に分析を続ける。
「ここを封じたとしても、根本を解決しなければウィスタリア国内で次々と湧き出してくるだろう。ここは人里離れているからまだいいが、街中にこれが出現したら……犠牲になるのは力のない民たちだ」
そうしてウィスタリア国内で、人々が次々に黒い手に襲われる事件が起きて始まるのがDLC本編なのだが、二人は知るすべもない。
しかしアンバーはため息をついて、クロッカスを見上げた。
「だったらどうするんですか。ここを放置しても、この黒い池が広がり続けてやがて人里に到達します。別の場所からも地下を通して湧き出してくるかもしれません。原因を究明しないとどうにもならないんですよ。ボクたちは、ボクたちに出来る事をするしかないでしょう?」
ここを封印してもしなくても、結局は時間稼ぎにしかならない。
クロッカスは俯いた後、目を瞑って頷いた。
「そうだな。オレは、オレに出来る事をやろう」
クロッカスが納得してくれたのを見て、アンバーはホッとして、手を緩めた。
次の瞬間、クロッカスはアンバーの手を振り切って駆け出した。
黒い池の中に、迷いもなく突き進んでいく。
「は?」
理解不能な行動に思考が追い付かない。
呆然とするアンバーを置いてクロッカスが池の中に入ると、中心に引きずり込まれるように黒い腕に誘われる。
ドロドロの人影が、両手を広げてクロッカスを出迎える。
満面の笑みを湛えているような人影を無視して、クロッカスは人影の両肩を真剣な顔で掴んだ。
「ウィスタリア! 我が始祖よ! どうしてこんな事になったんだ! 教えてくれ! 我々に貴女を助ける手助けをさせてほしい!」
自分に出来る事をやるって……まさか、直接ウィスタリアに原因を尋ねに行くって事!?
「あのバカ……!!」
ようやく思考が追い付いたアンバーが、舌打ちしながらもクロッカスを追いかけようとする。
が、それはウィスタリアの悲鳴のような金切声に妨害された。
「―――――――――!!」
「うわっ!?」
頭を揺さぶられるような、理解不能な爆音にアンバー思わず耳を塞ぐ。
耳の奥に木魂し、ぐわんぐわんと反響する音に思わず吐きそうになった。
地面が揺れていると錯覚するくらいの足のもつれを自覚しながらも、アンバーは必死にクロッカスに目を向けた。
クロッカスはあの金切声の目の前にいたにも関わらず、平然としていた。それどころか目を瞬かせ、困惑したような声を上げた。
「―――なんだって?」
まるで、正確にあの声を理解したかのようだ。
クロッカスは決意を固めた表情で、再びウィスタリアを見つめた。
「わかりました。私の中に避難してください! これ以上、貴女が傷つかないために……!」
クロッカスの声に呼応するように、黒い人影はクロッカスと重なる。
それと共に、黒い水も渦を巻いてクロッカスの身体に飲み込まれていく。
「ぐっ、うぅ……!」
「殿下!」
胸を押さえるクロッカスの目が黒く染まっていく。
アンバーは悲痛な声を上げて、ふらつく足でクロッカスの元に行こうとする。
しかし、それを制したのはクロッカスの言葉だった。
「アンバー! オレ事、ウィスタリアを封じろ!」
「はぁ!? そんな事―――」
「やれ! 命令だ!!」
クロッカスの決意に満ちた表情に、アンバーはひゅっと息を飲む。
そんなアンバーに、クロッカスはいつもの優しい笑みを見せた。
「お前たちなら、ウィスタリアを救えるって信じてるよ」
―――そこで映像が途切れた。




