ヤマタノオロチ
悲痛な顔の部下と打って変わって、グレイは『またか……』というような呆れ顔で遠い目をしていた。
圧倒的な慣れを感じる。いや、慣れちゃダメだろ。どんだけ不幸体質なんだ、クロッカス殿下は。
グレイはため息をついて、気を取り直したように改めて部下を見つめた。
「詳しい状況を聞いてもいいか? アメトリンに向かう殿下には、護衛の兵たちもついていただろう」
「はい。それがアメトリンに向かう途中、八本首の巨大な蛇のような怪物が襲ってきまして……」
ヤマタノオロチかよ。
そんなのゲームでいなかったぞ。
「私たちはその怪物に太刀打ちできず、クロッカス殿下と執事のアンバー殿が戦ってくださったのです」
「そうか。それで殿下が怪物に崖から落とされたのか?」
ゲームのラスボスと真ボスが戦って、ラスボスを崖から落とせるってどんな怪物だよ。
ドン引きしていたら、それを否定するように部下の人が首を横に振った。
「いえ、怪物はお二人に瞬殺されたのですが」
つっよ。
やっぱりあの二人はケタ違いに強い。
「しかし戦闘後、急に殿下が崖に向かって走って行かれ、そのまま勝手に落ちて行きました」
沈黙と共に、グレイの視線が私に突き刺さる。
ついでにフォーサイシアとネイビーも私を見ていた。
きっと私が崖から落ちて行った時も、周りからはそう見えてたんだろうな。
ということは、クロッカス殿下も何かを見て崖から落ちたのか?
本人がいないので詳細はわからないが、可能性は高い。何かのイベントが発生したのかもしれない。ヤマタノオロチもイベントボスっぽいし。
思考を巡らせる私から、グレイは再度部下に視線を戻した。
「アンバーはどうした?」
「殿下の後を追って、崖から飛び降りていかれました。ただアンバー殿が飛び降りる前に『グレイに報せてきてください』と一言残されていったので、私が早馬でお伝えに来た所存です」
部下の人は相変わらず悲壮感漂う顔をしたままだが、たかが崖から落ちたくらいで殿下も院長もどうにかなるタイプではない。
絶対にピンピンしている。
グレイもそれをわかっているので、極めて冷静だ。
「アンバーがいればどうにでもなると思うが……アイツがわざわざ俺を呼んだんだ。行ってみるか」
グレイは頭を掻きながら、私たちの方へ振り返る。
「そういう事だ。俺は一度アメトリンを出て、現地に行ってみる。お前らは、このまま宿に戻っててくれ」
もちろん、これに従うのがいいんだろう。私もグレイの仕事の邪魔はしたくない。
しかし、現地で何らかのイベントが発生している可能性がある。
情報は逃したくない。
私は決意と共に顔を上げた。
「私も一緒に行きます」
「ダメだ。……って言っても聞かねぇよな、嬢ちゃんは」
ふっと笑ったグレイは、親しい別の誰かを見つめるような顔で私を見下ろす。
クロッカス殿下だろうか、それとも院長だろうか。
二人とも人の話を聞かずに無茶するタイプなので、両方かもしれない。
いつも二人に振り回されているグレイは、慣れたように私の我儘を聞き入れてくれた。
「嬢ちゃんがいるなら俺も心強いしな。そうと決まれば、早く行くぞ」




