朝チュン
遠くからの小鳥のさえずりで目が覚めた。
柔らかな朝日が窓辺を照らしている。
私の隣には、ネイビーがいる。昨日、遅くまで起きていたせいか、いまだ彼は穏やかな眠りの中だ。
なるほど、これが朝チュンか。
使い古されたシチュエーションを疑似体験してしまった。
実際は三人で夜中まで喋り倒して、寝落ちしただけである。
現実はそんなものだよ。
私の人生には二度と起こらないイベントだろうな、という冷めた感想しか出てこない。
なんにせよ、ベッドがそのまま残されていて助かった。
一人ならともかく、外や床で寝るのはネイビーやお嬢様であるスノウに悪い。
幼女たちは健やかであれ。
慈しみを持ってネイビーの寝顔を眺めていたら、彼の瞳がパチリと開いた。
「サクラ……?」
寝ぼけ眼で私を見つめるネイビーの可愛さに、思わず笑みがこぼれてしまう。
私は出来るだけ優しくネイビーに囁いた。
「もうちょっと寝てても良いよ、ネイビー。まだ朝早いから」
「ううん……おきる」
ネイビーは目を擦りながら起き上がった。あくびまでして、まだまだ眠そうだ。
多分、夜遊びに慣れてないんだろう。
「フォーやグレイが探しに来るまで、休んでても良いんだよ?」
再度ネイビーに伝えたが、彼は眠そうな顔で首を横に振るだけだった。
「フォー、しんぱいしてる。かえる」
双子として分かり合っているせいか、フォーサイシアの心配もダイレクトに伝わってくるのだろう。
昨日は夜になって何が起こるかわからなかったから動かなかったが、ネイビーとしてはフォーサイシアを早く安心させてあげたいに違いない。
それに休むなら、ここじゃなくてみんなの所に戻ってからの方が安全だ。
私はネイビーの言葉に頷いた。
「わかった。じゃあ行こうか」
まだぼんやりしているネイビーの手を取って、ベッドから降りる。
改めて日の光に照らされた室内を見ると、家具以外は残されていなかった。食器や日用品は見当たらない。
きってエンディミオンが旅立つ時に、片付けていったのだろう。
それでも家や家具が残されたままなのは、いつかあの三人が帰ってきた時に困らないように、という村人たちの優しさだったのかも知れない。
外に出ると、やはり人の気配はない。
村人がいないのに、村だけが当時のまま残っている。
魔法のおかげなんだろうけど、やっぱり少し不気味に思えてしまう。
そんな雰囲気に飲まれないように、私はあえて明るい声を出した。
「どっちに行こうか。とりあえず、来た道とは反対に……」
『お姉さま、あれ!』
私の言葉を遮って、スノウが声をあげる。
それと同時に、目の前を赤い光が舞う様に通り過ぎた。
昨日見た、赤い蝶だ。
蝶は私たちの周りをヒラヒラ優雅に一周すると、私たちを先導する様に、道に沿って飛び始めた。
「ついて来いって事?」
思わず声をあげると、そうだと言わんばかりに私たちが来るのを道の先で待っていてくれている。
『帰る手がかりもないし、ついて行ってみましょうよ』
メルヘンなシチュエーションに、スノウが嬉々とした声をあげる。
そうだね。また崖から落ちないように、気をつけてついて行こう。




