聖地
「サクラ」
幼子二人が入って行った家を見つめていたら、ネイビーが困ったように声をかけてきた。
「ここ、せいち、なか」
「え?」
「フォー、グレイ、そう話してる」
どうやらネイビーはフォーサイシアの思考から、現在地を推測してくれたみたいだ。
「グレイが言ってた初代国王陛下が生まれ育ったっていう聖地の中? ここが?」
「うん」
ネイビーが頷く。
私といては気味の悪い場所にしか思えないけど。
でも外であるにも関わらず温度が一定していて、季節に関わらず花が咲き、木には果実がなっている。水も綺麗で、作物も良く育つだろう。建っている家を見る限り、物が傷むこともなさそうだ。
確かに奇跡みたいな場所だ。聖地として崇められてもおかしくない。
ということは、先ほどから見ている子どもたちは過去の映像なのだろうか。
どちらにしろ、イベントの先を見なければ何もわからない。
「ネイビー、ひょっとしたら過去の事がわかるかもしれないの。だから、この中を見てもいい?」
「わかった」
ネイビーは真剣な顔で頷いた。私と違って何も見えないはずなのに、信じてついてきてくれている。これほどありがたい存在はいない。
ジェードやフラックスと一緒だったら、確実に頭の心配をされていた。
ネイビーの手を握り、警戒しつつ家の扉を開ける。
家の中は明るかった。天井から垂れた魔法石が、照明のように部屋の中を明るく照らしている。そんな中に、椅子に座った青年がいた。手に持った藁で、帽子を作っている。
青年はクロッカス殿下にそっくりだった。ただ彼は、アイリスと同じように薄紫の髪と瞳をしている。
『初代国王陛下だわ』
スノウが呟いた。
棺で眠っていた人。スノウが見た時、眠っていたのは確かにこの人だ。
すると奥から別の声が聞こえてきた。
「お待たせ、エンディ!」
「アップルパイ、焼けたわよ」
明らかに先ほどまで幼かった二人が、成長した姿で現れる。
どう見てもリリーさんと院長に見える。声まで同じだし。
初代国王陛下は手を止めて、二人に笑顔を向けた。
「ありがとう、アルテミシア、ダイヤ」
三人が机に向かい、楽しそうにアップルパイを切り分けている中、スノウが話しかけてきた。
『初代国王陛下の名前は伝わってなかったの。エンディミオンって言うのね』
失われてたんだ。道理で聞いたことがない名前だと思った。
でも初代国王陛下―――エンディミオンはウィスタリアの子どもだ。なんで道端に置き去りにされてたんだろう? ウィスタリアはどこに行ってしまったんだ?
再び疑問が増えてしまったが、今は三人の話に集中する。
三人は椅子に座ってパイを食べ始めていた。
暫く和やかに食事をしていた三人だが、エンディミオンが意を決したように姉弟に向き直る。
「二人に話があるんだ。―――オレは外の世界が見たい。だから、この村を出ようと思う」
姉弟二人は食事の手を止めてお互いに顔を見合わせ、再びエンディミオンに視線を戻した。
その表情はどちらも温かなものだった。
「そっか、じゃあボク達もついて行くよ」
「ええ、心配ですもの」
当然のような返答に、エンディミオンの方が戸惑っている。
「外は危ないから、二人はついてこなくていいんだぞ? アルテミシアもダイヤも、ここで大事にされてるじゃないか。この村を作ったのは、二人の父親だし―――」
父親の話題を出した途端、姉弟はスンと無表情になった。
「ボク達に父親なんていないよ」
「妊娠中のお母さんを置いて出て行った最低男なんて、私達の父親じゃありません」
二人の冷たい言い草に、エンディミオンは苦笑いを浮かべる。
「でも君たちの父親は神の子を助けるために、一緒に旅に出たって聞いたぞ?」
「ウィスタリアだか何だか知りませんけど、お母さんや私たちを置いていったのに変わりないわ」
「神の子なんて、ただの言い訳だよ。詐欺女について行った馬鹿な妖精に決まってる」
この姉弟は『雪の妖精』の子どもなんだ。
そうだろうとは思ってたけど、今の話で確信した。
そうなると、この聖地も『雪の妖精』が作ったことになる。
やっぱり『雪の妖精』とコンタクトが取れなくなったのが手痛い。『雪の妖精』から話が聞ければ、DLCも簡単に解決しそうだったのに。
ゲーム的に早々にクリアされたらつまらないから、『雪の妖精』と連絡を絶たれた可能性すらある。
私がゲーム開発者を恨んでいる中、ダイヤもアルテミシアも穏やかな表情で語り出した。
「ママも再婚したし、エンディも姉さんもいないなら、ボクは村に未練はないよ」
「エンディがいないなら、ここにいるのも退屈だものね」
「二人が付いてきてくれるなら、怖い物はないな。わかった、三人で行こう」
三人が手を取り合い、微笑み合う。
そこで三人の姿が煙のように消えた。
後は人気のない、薄暗い室内が残るだけだった。
過去の三人はそれぞれ、村で愛され大事に育ったから自己肯定感の高いクロッカス・常識があって、メンタルが安定しているアンバー・弟と引き離されなかったおかげで、弟を嫌わずに済んだリリーのIFになっています。




