エンディミオン
少年は手を大きく振りながら、花畑を駆けていく。
少年が目指す場所には、少年と同じ年頃の金髪碧眼を備えた美しい女の子がいた。
あの女の子もリリーさんにそっくりなんだけど。どういう事?
混乱する私を尻目に、辺りを見回していた金髪の少女は、駆け寄ってきた少年に顔を向けた。
「ダイヤ! どこいってたの?」
「きれいなちょうちょ見つけたんだ! おねえちゃんに見せてあげたくて、つれてきたの!」
目くじらを立てる少女とは反対に、少年はにこにこと赤い蝶を指差す。
院長そっくりの少年はダイヤと言うらしい。そしてリリーさんそっくりの少女とは姉弟のようだ。
姉と思われる少女は赤い蝶を見て、パッと顔を輝かせた。
「ホントだ! キレイね」
「ともだちになったんだ!」
少女は怒っていたのが嘘のように、蝶を見ながら和気藹々と話し出した。
とても仲の良い姉弟のようだ。
ひょっとしてリリーさんと院長も、昔はあんな風に仲が良かったのかな。
あまりにも院長に似ているせいで、そんな事を考えてしまう。
目の前の幼子二人は暫く赤い蝶と戯れていたが、やがて辺りが暗く事に気づいたようで、はっとした顔になった。
「あ、まっくらになっちゃう!」
「たいへん! ママにしかられちゃうわ!」
二人は慌てたように走り出した。
ダイヤは走りながら後ろに手を振ると、赤い蝶が二人から離れて花畑に戻っていく。
私たちも走る二人を追いかけ、小走りで後をついていく。
辺りは暗いとはいえ、幼い二人の足はそんなに速くない。視力を魔法で強化すれば、問題なく追いかけることが出来た。
花畑から離れると、ポツポツと家が建っているのが見えた。
どの建物も灯りはなく、人の気配もない。
それなのに、家が傷んだり窓が割れた形跡もなく、ひっそりと佇んでいるのだ。
「誰の気配もしないよね……?」
「うん。近く、いない」
思わずネイビーに確認するも、ネイビーも同意見だった。
そもそもネイビーにはダイヤの姿も、その姉の姿も見えていないようだ。私の代わりに辺りを警戒してくれている。
ネイビーの言うように誰もいないのに、家だけ形を保っているのも不気味だ。人がいなくなると、建物は傷んでしまう物なのに。
月明かりの中、静かすぎる建物の横を何件か通り過ぎていくと、前を走っていた幼子二人の足がピタリと止まった。
二人は困惑するように顔を見合わせると、地面にしゃがみ込んだ。
「あかちゃん?」
「なんでこんなところに?」
二人が見つめる先には白いおくるみがあった。
布が動いて見える事から、二人が言うように赤子が地面に置かれているようだ。
「むらの子じゃないよね?」
「うん。おいてかれちゃったのかな」
困ったように顔を見合わせた二人は、そっと布に触れて、中の赤子を覗き込む。
そして二人揃って息を飲んだ。
「キレイ……」
「キラキラだ。たましいがひかってる……」
魂が光ってるって何?
魂が見えるとか、院長と同じ事を言ってるんだけど。
幼子二人は赤子に身惚れたまま、会話を続けている。
「ママがはなしてた、カミサマの子どもじゃないかしら?」
「きっとそうだよ! そらからおりてきたんだ!」
無邪気に喜ぶ二人に、赤子もきゃっきゃと笑い声をあげる。
二人は笑う赤子をまた嬉しそうに見つめた。
「あ、まって。ここに、もじがかいてあるわ」
「おねえちゃん、よめる?」
金髪の少女が赤子を包んでいた白い布を、真剣な顔で見つめた。
「おべんきょうしたもの。えっと……『エンディミオン』?」
「すごいね! おねえちゃん。きっとこの子のなまえだよ!」
「そうね! きっとそう! この子にピッタリ!」
エンディミオン……。
ゲームで聞いた事がない名前だ。
『神様の子』って言うから、てっきりあの赤子は『ウィスタリア』だと思ったのに。
謎が増える中、ダイヤが魔法を使う。すると赤子がふわりと宙に浮いた。
私が前にフォーサイシアとネイビーを浮かせたのと同じ魔法だ。
「だいじにしなくちゃ」
「みんなにいわないとね」
二人は赤子を宙に浮かせたまま、再び歩き出す。
手を繋いで歩く二人の後を、ふわふわと赤子が追う。
そうして二人は、人気のない家の前にたどり着いた。
「ただいま!」
「ママ〜!」
二人の姿と声が家の中に吸い込まれていく。
後を追うように、赤子も家の中へ入って行った。
それきり、中からは何の音もしない。
再び静寂が辺りを包んだ。




