エンカウント
「イジメ? ダメ!」
スノウが泣いているのを見てか、ネイビーが私を庇うように抱きしめる。
「ネイビー、大丈夫だよ」
私も心の中でスノウを抱きしめつつ、ネイビーの背中を叩く。
「危ないから席に戻って、兄さん」
フォーサイシアにも促され、ネイビーは渋々と言った様子で席に戻った。それでもまだ納得していないのか、ネイビーはグレイに警戒するような目を向けている。
グレイは苦笑しながら、その視線を受け流していた。
一方のフォーサイシアは深くは聞いてこない。
懺悔室で信者から話を聴いたりしてるから、個人の事情については本人が話してくれるまでは、気になっても聞かないでいてくれているのだろう。
双子揃って、タイプは違うけど気遣いの出来る優しい人たちだ。
スノウを撫でながらそんな事を考えていたら、ネイビーとグレイが何かに気づいたようにバッと馬車の後半に視線を向けた。
「来る……!」
ネイビーが唸るような声で、警戒感を顕にする。
グレイも静かに剣に手をかけた。
「来るって……なに? 兄さん」
まるでわからない私とフォーサイシアが、困惑しながら馬車の扉についている窓から、後ろを確認する。
特に何も見当たらない。
しかしネイビーだけでなく、グレイまで警戒しているのだ。
私は視力を強化して後ろを良く見てみる。
すると、空から豆粒みたいに小さな点が、どんどんこちらに近づいてくるのが見えた。さらにそれを拡大して注視すると……。
「グリフォン!?」
思わず叫んでしまった。
鷲の頭に獣のような四本の足。ファンタジーでお馴染みのグリフォンが、ものすごい勢いでこちらに近づいてきていた。
「どうしてこんな所に……」
フォーサイシアが困惑したように呻く。
そうだよ。ゲームだと王都を出たばかりの草原や林なんて、スライムとかウルフしかいないはずだ。グリフォンなんて、序盤も序盤で出てくる敵じゃない。
しかしグレイは至って冷静に答える。
「偶然だろ。ドラゴンとかヒュドラじゃないだけマシだ。運が良いな」
「なんで私を見ながら言うんですか」
しかもグレイ、クロッカス殿下と一緒にいるせいで、『運が良い』基準がおかしくなってないか? ドラゴンとかヒュドラと戦ったりしたの?
しかし話している間にも、グリフォンはドンドン馬車と距離を詰めてくる。
「馬車には魔物避けがかけてありますから、通過するだけかも……」
フォーサイシアのフォローも虚しく、グリフォンは真っ直ぐ馬車に向かって急降下してきた。
バッチリこちら狙いである。
「仕方ねぇな、迎撃する。馬車を止めーーー」
グレイが言い終わる前に、私は走っている馬車の扉を開けて、大きく振りかぶった。
そのまま持っていた小石をシュート!
小石は弾丸の如くグリフォンの頭に命中。グリフォンはその速度のまま、脇の林に突っ込んで行った。
良し、道の邪魔にならない所に落ちたな。
「止まらなくて大丈夫ですよ。倒しましたから」
馬車の扉を閉めながら、元の位置に座り直す。
『お姉さま、カッコいい……』
「サクラ、凄い!」
幼女たちの純粋な賛美に照れていると、ふと、残り二人が静かな事に気がついた。
見れば、フォーサイシアとグレイはドン引きしたような顔で私を見ていた。
「グリフォンの頭が弾け飛んだように見えたんですが……」
フォーサイシアが目元を指で揉みながら尋ねてくる。何か信じられない物でも見たかのようだ。
ひょっとしてグリフォンの頭が勝手に爆発四散したように見えたのだろうか。
私は笑って説明する。
「グリフォンがただの小石だと思って、避けずに突っ込んで来てくれたからね。当たって良かったよ」
馬車だと石ころが拾えないから、持っていった方が良いって院長が言ってくれたのが早速役に立った。
ありがとう、院長。
しかしフォーサイシアは自分の額を押さえたまま、停止してしまった。
なんでだ。フォーサイシアもレベルが上がれば、あれくらい一撃で倒せるよ。
「そういう事じゃねーと思うんだよ、嬢ちゃん……」
グレイが諦めきった顔で微笑んできた。
わからん。なんなんだ。




