馬車の中で
馬車の中では、フォーサイシアとネイビーと対面するように、私とグレイが座った。
緩やかに走り出した馬車は、朝早くでまだ活動する人々が少ない大通りを抜けて、城門へと向かう。
フォーサイシアが持っていた通行証で難なく城門を抜けると、あとは街道に沿って進むだけだ。
小さくなっていく王都の城壁と、段々増える木々をスノウとネイビーが興味津々に馬車の窓から覗いている。
『外には怖くて危ない魔物がいるってアンバーが言ってたわ。馬車で走っていて大丈夫なの?』
お嬢様育ちのスノウが恐々と尋ねてくる。
「魔物は夜に活動するから、日が出てる間は大体安全なんだよ。それでも絶対ってわけじゃないから、移動する時は護衛を雇ったり、自衛出来る人じゃないと危ないんだよ」
私が小声で答えると、目の前に座っているネイビーが身を乗り出して、私のーーーいや、スノウの手を取る。
「みんな、強い! 安心!」
『そうね。お姉さまもグレイもいるもの。怖くないわ』
「うん!」
にっこり笑顔で笑い合う幼女たち。
尊い。
「私が馬車に魔物避けも施してあるので、比較的安全だと思いますよ」
二人の笑顔に心が浄化されている間に、フォーサイシアが補足してくれた。
至れり尽くせりの旅だ。
一方でグレイはどう反応していいか、わからない顔でこちらを見ている。
あまりにも微妙な顔をしているので、思わず尋ねてしまった。
「どうしたんですか?」
「いや……三人で会話するが成立してるけど……。お嬢が話してる……のか……?」
「? うん!」
ネイビーが首を傾げつつ、元気良く答えた。
あ、そうだ。スノウは脳内の声だけだったんだ。
あまりにも双子がナチュラルに会話に入ってくるから、スノウの声が全員に聞こえてるんだと勘違いしてしまった。
ネイビーは相変わらず首を傾けたまま、不思議そうにグレイに尋ねる。
「なぜ、聞こえない?」
「逆になんで二人は聞こえるんだよ」
「私は兄さんの考えがわかるので、会話の流れから推察しているだけです。兄さんが会話出来る理由は……わかりませんが……」
グレイの不満そうな顔に、フォーサイシアが苦笑しながら答える。
グレイだけスノウの声が聞こえないんだもんな。そりゃ不満そうな顔にもなる。グレイにとっては可愛い姪っ子だ。
そんなやり取りを眺めていたスノウが、そっと私の口を借りて出てくる。
「グレイ……。その……仲間外れにしたわけじゃ、ないのよ……?」
グレイは目をパチクリさせた後、柔らかい笑みを浮かべた。
「わかってるよ、お嬢。大丈夫だから、無理するな。……まだ俺の事、怖いんだろ?」
クロッカス殿下に似た優しい笑顔に、スノウが泣きそうな顔になる。
グレイはリリーさんを殺した。スノウの目の前で。
人が死ぬのも、母親が殺されるのも、スノウにはまだ折り合いがついていないのだろう。
「グレイ……。ごめんね。私、グレイとちゃんと仲直りしたいのに……」
「そう言ってくれるだけで良い。お嬢が許してくれるなら、俺はいつまでも待つよ」
グレイはスノウの頭を撫でる。
こういう所、兄弟でそっくりだな。
スノウは一粒の涙を流し、もう一度ごめんね、と謝ると私の中に隠れてしまった。
「嬢ちゃんもまだ怒ってるか?」
少し悲しそうなグレイが頭から手を話す。私はただ首を横に振った。
「いえ、私は怒ってないですよ。グレイは院長に殴られてましたし。罰としては十分じゃないですか」
グレイは院長の殺すつもりの本気パンチを耐え切ったので、私はこれ以上どうこう言うつもりはない。
私が院長に殴ってチャラにしようって言った手前もある。
グレイはあの時の事を思い出したのか、思い切り顔を顰めて殴られた頬を押さえた。
「あれな……本気で死ぬかと思った」
ピンピンした顔で、院長と殴り合いしてたのに良く言うよ。