幕間〜姉妹〜
葵視点
桜と別れた葵は宿舎への帰路を歩く。
その数歩後ろには、アンバーがついてきている。城へ帰る途中で、偶々同じ道を歩いているのか、それとも桜の件で警戒されているのかはわからない。
しかし葵にとっては好都合だった。
『アンバー』と話す機会は、葵には少ない。それもアンバーと二人で話す事も、これを逃すと二度と訪れないだろう。
夜も更けて、周りに出歩く人影もない。
葵は足を止めて、くるりとアンバーの方へ向き直った。
「私、アンバーさんには感謝してるんですよ」
葵が足を止めるのと同時に、アンバーも足を止める。
アンバーは無表情のまま、葵と距離を取っている。感情は読み取れない。
それでも葵は構わず続けた。
「私って本当は、スノウの弟か妹に生まれる予定だったんですよね?」
アンバーは相変わらず黙ったまま、葵の言葉を聞いている。
不自然なほど表情を変えない彼に、思わず葵は微笑んだ。
「でも私が産まれる前に母体が亡くなったから、私は生まれなくなってしまった」
姉の桜がスノウに生まれ変わっているから、虹の女神も早く逢えるように気を利かせてくれたのだろうか。
しかし、ゲーム上でも生まれる前に亡くなってしまう命である。転生させるのはリスキー過ぎる。あるいは、それすらも計算の上なのか。神さまの考える事は未知数だ。
実際に葵は、アンバーのおかげで助かったようなものである。
「貴方は、胎児の魂だけでも助けようとしてくれたんですね。まぁ死体に無理矢理別の魂を突っ込むのはどうかと思うんですけど……。でも、ちゃんと貴方の声は聞こえてましたよ」
『こんな事しかしてあげられなくて、ごめんねーーー』
10年前、この身体で目覚める前に確かに聞いた言葉。
あれはゲームで聞いた声とよく似ていた。
だからこの世界で目覚めた時、どうしてアンバーの声が聞こえたのか疑問だったけれど、桜に……スノウになった姉に逢えて、なんとなく理由がわかった気がした。
それでもこの考えは葵の想像だ。全くの間違いの可能性もある。
しかしアンバーが否定しないでいるので、きっと間違ってはいないはずだ。彼は身内にはとことん甘い。
葵はえがのまま勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます。おかげで、またお姉ちゃんに逢えたし、この世界で楽しく過ごせてます。だから私も、貴方がたを助けるお手伝いをさせて下さい」
返答はない。
葵が頭を上げると、アンバーが呆れた顔で見下ろしていた。
「なんの事だか、さっぱりですね。お酒でも召し上がりましたか? 世迷言を垂れ流していないで、さっさと帰りなさい」
素気無く顔を背けるアンバーに、葵は渋々頷く。
「はーい。変な話してすみませんでした」
自分の推理は間違っていたのだろうか。
あまりにも素気ないアンバーに、葵は自信を失くす。
間違いだとすると、完全に頭がおかしいか、酔っ払いの言動としか思えない発言をしてしまった。
謝ったとはいえ、アンバーの顔を見れずにいる葵の耳に、独り言のような小さく声が届いた。
「……君とも家族になれたのに。残念だよ、アオイ」
葵がバッと顔を上げると、そこには誰もいなかった。
まるで今までの会話が現実ではなかったかのように、静かな星明かりだけが葵を見守っていた。