合鍵
私は葵と揃って顔を見合わせた。
ジェードが戻ってきたなら、扉越しに声をかけてくれるはずだ。
もしくはお隣りさんが騒いでいる私達に文句を言いに来たのかとも思ったが、それも違う。
モグラが一緒に住み始める時に、部屋に防音の魔法を施してくれたのだ。外に声が漏れる事はないだろう。
私としても、部屋でモグラと話しているのだけなのに、傍目から見たら部屋で独り言を言っているヤバい人に見られたくないので助かっている。
考えている間も、ノックの音は続いている。さっきまでは控えめだったのに、今は連打に近い。
ビートを刻むな。近所迷惑だ。
葵が『どうする?』と目線で訴えかけてくる。
私は唇に手を当てて『静かにしてよう』と合図した。
葵は正解に私の訴えを聞き取ったようで、黙って頷く。
大方、酔っ払いが部屋を間違えているだけだろう。もしくは押し売りか。
なんにせよ、夜遅くに予定もなく訪問するような奴は無視に限る。
こちらは、ひ弱な女子二人しかいないのだ。警戒と防犯は、し過ぎるくらいで丁度良いだろう。
そんな事を考えながら、身動きせずに黙り込んでいると、ノックの音が止まる。
ようやく諦めたか。
ほっと息を吐き出そうとしてーーーカチッという軽やかな金属音が鳴ったのに気づく。
玄関の施錠が解除された音だ。
そのまま玄関のノブが回される。
強盗の類いだったか。
見敵必殺。
葵を危険に晒さない為にも、開いた扉の隙間に飛び蹴りを喰らわせる。
が、相手に片手でいなされた。
「良い一撃ですが、気配で相手を察しなさい」
私の足を押さえて、いけしゃあしゃあと宣うのは院長だ。
今は執事姿のアンバーだけど。
ゴリラゴリラ連呼してたら、本物が来てしまった。
私が足を下ろすと同時に、院長はスルリと部屋の中に入ってくる。
「夜分遅くにすみません。失礼します」
「本当ですよ。そもそも不法侵入しないでくださいって伝えましたよね?」
院長が何回かの不法侵入しと来たので、クロッカス殿下が叱ってくれたはずである。
それ以降、入った形跡がないので油断していた。
私が睨みつける中、院長はにこやかな胡散臭い笑顔で応じた。
「合鍵で入っているだけなので、大丈夫です」
「大丈夫じゃないです。合鍵なんて渡してませんよ」
勝手に合鍵を作るな。
私が片手を前に出して、合鍵を渡せと口を開く前に院長が話し出した。
「それよりもサクラさん。身内でもない男性と二人きりになるのはいけませんよ」
お説教かましてきたけど、不法侵入について説教したいのはこっちなんだが。