当て馬
ジェードが料理中に葵に話しかけるわけだよ。
肉じゃがなんて、見た事ないだろうし。
そんなジェードは私の反応を見ても半信半疑といった顔で、肉じゃがに手をつける。
醤油もジャガイモもない、この世界では初めての味だろう。私までジェードがどんな反応するか気になってしまう。
葵と一緒に固唾を飲んで見守る中、ジェードがジャガイモを一口、口に入れる。
途端にジェードは顔を綻ばせた。
「美味しい……」
へへ、そうでしょう。そうでしょう。
前世の『実家の味』が褒められて大満足である。
思わず満面の笑みで頷いていたら、モグラに不審な目で見られてしまった。
「なんでお主まで自慢げなのだ」
モグラにツッコミ入れられたが無視だ、無視。
葵も小踊りしそうなほど喜んでいる。前髪と口元に手を置いているので表情を隠しているが、私にはわかる。
少し間を置いて、冷静になった葵が口元から手をどけて、いつもの穏やかな表情でジェードに笑いかけた。
「ジェード君の口に合ったみたいで嬉しいよ」
「……次は負けないから」
ツンっとそっぽを向いて、ジェードは黙々と食べ続ける。
負けず嫌いだ。でも、ジェードがそんなに料理作るの好きだったイメージないんだけどな。
疑問に思いながらも、食べ進める。
食べ終わる頃には、ジェードも葵も普通に話すくらいには打ち解けていた。
良かったね、葵。推しと喋れて。
その後も二人は片付けまで手伝ってくれた。
結局、私がご馳走になってしまった。二人には別のお礼を考える事にしよう。
そんな事を考えながらジェードと葵を見送って、さぁ寝る準備をするかと一息入れたところで、玄関のノックが聞こえた。
「ごめん、ちょっと良い?」
葵の声だ。
怪訝に思いながらも扉を開く。
「どうしたの? 忘れ物?」
「いや……そうじゃなくて……」
なんだかソワソワしている葵を再び部屋の中に招きつつ、扉を閉める。
葵は視線を彷徨わせて口を開いたり閉じたりした後、何かを決意したように顔を上げた。
「お姉ちゃん……その……私とジェードが話してる時、何か思った事ある?」
「え? 二人が仲良くなれて良かったねって思った」
素直な感想を述べると、葵は衝撃を受けたような顔をした。
「え、嘘……。ちょっとくらい私にモヤモヤしたりしなかった!? 妹の方が後から来たのに! みたいな! 私が外見男だから当て馬にならないの!?」
何を言ってるんだ、コイツは。
よくわからないけど、当て馬になりたかったらしい。
モグラと一緒に、とてもイタイ人を見る目になってしまう。
「少女漫画の読み過ぎじゃない? 肉じゃがの衝撃の方が大きかったよ」
「くっ、色気より食い気……!」
私が悪いみたいに言ってるけど、どう考えても当て馬するのに肉じゃがを出してくる方が悪いと思う。