フラグ回収
『お父様』予備の気恥ずかしさから一度逃げるように部屋を後にしたが、まだ用件は終わっていない。
すぐにでも協力できる人物を連れてくると言ったのだ。自分で言ったのだから仕方がない。気合を入れなおし、目的の人物を引きつれて、再び執務室に戻ってきた。
彼と一緒に再度執務室に入室すると、クロッカス殿下は驚いたように一度瞬いた後に頬を緩めた。
「フラックスか」
「はい。話があると聞いて伺ったのですが、どんな御用でしょうか」
いきなり連れて来られて困惑気味のフラックスだが、生真面目に殿下に礼を取る。
クロッカス殿下は私にチラリと視線を向け、少し考えるように口元に手を置いた。
「……そうだな。お前なら良いだろう。こちらに座れ。少し長い話になる」
どうやら私の人選に満足してもらえたようだ。良かった。
殿下に取ってフラックスは義理の息子だし、二人が和解してからは良好な関係を築いている。例え呪いの事を話しても、フラックスが下手に口を滑らせて周りの混乱を招くような事はしないと信用されているのが功を奏した。
殿下が呪いの事や、ウィスタリアの事をフラックスに説明している間に、スノウがこっそりと私に話しかけてきた。
『フラックスって私の婚約者だったんでしょう? お父様から聞いたわ』
そういえばそうだった。
スノウが死んだ事になってるから婚約の話は白紙になったけど、スノウとしては自分の婚約者は気になるよね。
フラックスルートでは婚約者の立場を利用して『悪役令嬢』になってしまったのだろうか。
しかし今は主人公のアイリスは葵に恋してるし、フラックスが誰かと付き合っているという話も聞かない。
もしスノウがフラックスを好きになったなら、全力で応援しよう。
そんな心づもりでいたが、スノウは照れたようにはにかんだ。
『とても素敵な方ね。でもお姉さまの方がお仕事も出来るし、カッコいいわ。お姉さまが一番好きよ』
可愛い。優勝。
心の中で抱きしめて撫で回す。
5歳児にはまだ恋とか早いよね。ゲームでは寂しさと、見た目の良い攻略対象への憧れで暴走してしまったのだろう。
しかし幼女の純粋な賛辞に、フラックスの隣に座って、殿下の話を聞いていなければニヤけて顔面が崩壊していたレベルである。
しかし周りに人がいる以上、突然ニヤけだす不審者になるわけにはいかない。歯を食い縛ってなんとか真面目な顔を保った。多分。
グレイが不審な目で私を見ている気がするけど、多分気のせいだ。
私の心の攻防戦を他所に、フラックスと殿下の話は一区切りついたようだ。
「そんな事が……。それで俺にも協力して欲しいという事ですね」
フラックスは冷静だ。
かなり突拍子のない話だったはずなのに、疑問も持たずに信じてくれだ。これまでの信頼の積み重ねだろう。
殿下もそんなフラックスの様子に目を細める。
「フラックス、お前の家は建国時から続く家柄だ。お前の先祖は初代国王陛下とも親しく、『雪の妖精』から真実の水鏡を下賜されている。ひょっとしたら、なにか解決の手掛かりになるような物が残されているかもしれない」
「わかりました。調べてみます」
フラックスは生真面目に頷いた。
もう初対面の時のような不安定さは微塵もない。
殿下との会話に一息ついたフラックスは、私に目線を向けた。
「サクラが俺を信頼して連れてきてくれたんだな。ありがとう。殿下の事も、ウィスタリアの事も……知らなければ、また秘密裏に動いている殿下に対して不信感を持っていたかもしれない」
フラックスは目を伏せる。
両親の真実を黙っていた殿下に対して、感謝もあるが思うところもあるのだろう。
まだ20歳にもならないからね。割り切るのは簡単じゃない。
私はそっとフラックスの手に手を重ねた。
「フラックス様なら協力してくださると信じていました。他の方には誰にも言っていないので、内密にお願いしますね」
私の手が重なった途端、フラックスの視線がぎこちなく右往左往する。
あ、孤児院の子と同じ感じで接してしまった。流石に思春期には恥ずかしいよな。ごめん。
申し訳なくて手を離そうとしたら、逆にフラックスに手を重ねられて逃げられなくなった。
「俺だけ……俺だけか。そうか……。サクラ、クロッカス殿下を必ず救おう。俺は二度も父親を失うのは嫌だからな」
お前も父親を失うのは嫌だろう、とフラックスの目が訴えている気がするが笑って誤魔化す。
なんにせよ、フラックスがやる気になってくれて良かった。
なんせ彼は攻略対象である。
ゲームだと『そんな所にあったら気づくだろう』とか『誰も不自然だと思わなかったの?』というところに答えが隠されていたりする。
しかし、それに気づけるのは主人公か攻略対象だけなのだ。フラグが立ってないと気づかない、というやつだ。
フラックスなら気づいてくれるだろう。攻略対象だし。
それに『真実の水鏡』の存在もある。あのチートアイテム、絶対になにかある。本編ではフラックスルートにしか登場していないが、DLCでは違うかもしれない。
それも踏まえてフラックスを連れてきたのだ。我ながら英断だと思う。
「あにう……殿下はあれ、いいんですか?」
「サクラとスノウが誰を選ぶか、本人達に任せるが……どこの馬の骨としらない奴に盗られるくらいなら、オレはフラックスが良いからな」
「そうですか……」