策士
院長は言うが早いか早速ご先祖様……もとい『雪の妖精』に話を聞きに飛び出して行った。
スキップを踏むような軽やかな足取りで出て行ったが、『アンバー』がそんなルンルンで歩いていたら、周りから奇怪な目で見られそうだ。大丈夫なんだろうか。
クロッカス殿下とグレイも同じ感想を持ったようで、呆れた顔で院長が出て行った扉を見つめていた。
一呼吸おいて、クロッカス殿下がため息を吐く。
「止める間もなかったな……。今まで事情を知っているはずの『雪の妖精』が何も話していなかった以上、何かわけがあると思うのだが……」
「そこらへんはアイツが帰ってきてから聞きましょう」
慣れた様子でグレイがクロッカス殿下に視線を戻す。
アンバーは殿下の右腕なのに自由すぎる。いや、クロッカス殿下もアネモネの件で勝手に城から飛び出したりしてるから、どっちもどっちなんだろうか。グレイの苦労が偲ばれる。
しかしクロッカス殿下の言う通りだ。
「『雪の妖精』が解決策を知っているのなら、すでに大昔に実行してるはずですよね……」
「ああ。それをウィスタリアを封印する、という手段を取っている以上、闇落ちした経緯は聞けても問題の解決には至らない可能性が高い」
私の言葉にクロッカス殿下が冷静に同意する。
いざとなったら自分が死ねば良い、と覚悟が決まりすぎていて動揺すらしない。横にいるグレイの方が苦い顔をしている。
実際にクロッカス殿下が死んだら、院長とグレイの方が暴れそうだ。それが爆発したのがDLCだったんだろうけど。
それに何より、私がクロッカス殿下に死んでほしくない。
私はクロッカス殿下を見上げて進言する。
「こちらも院長とは別で情報を集めたほうがよろしいかと」
「そうだな。だが情報と言っても、大昔の事だ。王家に残っている書物には大体目を通しているが、ウィスタリアが封印された事すら残っていなかった。他に残っていそうな場所は『影』の方だが、アンバーが知らないとなると可能性は低い」
頭が良すぎるって残酷だ。自分でドンドン可能性を潰していく。
それでも私は首を横に振った。
「いえ、まだあります。ですが、それにはある人に事情を説明して、我々に協力してもらう必要があります」
クロッカス殿下は怪訝そうな顔で私を見た。
「だがウィスタリアの封印や、オレの呪いの事も説明しなければならないだろう。それでも協力してくれて、なおかつこの事情を他者に黙っていてくれる―――そんな都合の良い人間がいるか?」
「はい。事情を説明すれば絶対に協力してくれます。今からでも呼んできますよ。殿下」
自信満々に、笑顔で私が答えると―――何故かクロッカス殿下は悲しそうな顔をした。
「サクラ……お前は……オレを父とは呼んでくれないのか」
「えっ」
耳を疑って思わず聞き返すと、クロッカス殿下は悲しそうに微笑んだ。
「いや、いいんだ。なんでもない。オレにはそんな資格がないのだからな……」
絶対に私に聞こえたのを承知で言っている。策士だ。
クロッカス殿下は愁いを帯びた眼差しを悲しそうに伏せられる。
可愛い系の院長とは違い、純粋な美の暴力だ。未だに膝に乗っていたせいで真正面から食らってしまった。ついでに院長にはない未亡人じみた儚さと大人の色気も併せ持っていて、凄く心臓に悪い。
『お姉さま。お父様が可哀想よ。お姉さまも呼んであげて? 私のお姉さまでしょ?』
さらには純粋な幼女に懇願される。
スノウの言葉には弱い。幼女は悲しませたくないのだ。
つまり私に残っている道は一つである。
「その……私としては恐れ多くて……不敬かもしれませんが……お父様とお呼びしてもよろしいですか……?」
「ああ、勿論だ」
殿下が本当に嬉しそうに目を細める。
スノウも満足そうなニッコリ笑顔である。
なぜだろう。殿下とスノウが心の中でハイタッチしてそうな気がする。