気遣いが迷子
「生きる理由なんて、それで十分じゃないですか」
どれだけ権力を持っても、この人の望む事は『大切な人たちと一緒にいたい』なんだ。そんなささやかな願いも、国の為なら投げ捨てるのだろう。
だけど、汚名と血を被っても頑張ってきたのだ。権力者として良い事ばかりしてきたわけではないかもしれないけど、少しくらい報われたって良いじゃないか。
私は自分の頬を伝う涙を拭って笑いかける。
「そうか......。そうだな」
クロッカス殿下も穏やかに頷いて笑い返してくれた。
スノウも安心して泣き止んでくれたところで、突然院長が横から私と殿下に抱きついてきた。見ればスノウに負けず劣らず号泣して、顔をくしゃくしゃにしている。
「それぐらいボクが叶えてあげますよ......! 本当に、今までどんなに脅したって、生きたいなんて言ってくれないんだから……!」
「いや、脅すなよ」
冷静なツッコミを入れるグレイでさえ、声が震えている。目元を押さえて泣くのを我慢しているのだ。
そんな側近二人を殿下は困った顔で見つめた。
「オレはお前たち二人も悲しませてたのか。ごめんな」
「本当ですよ! 脅したら命乞いするのが普通でしょ? なんでいつも受け入れるんですか!? 人間として......いや生き物としておかしいと思いますよ!!」
院長はキャンキャン吠えながら、なおも泣き続けている。
ひょっとして院長もクロッカス殿下から『生きたい』って言葉を引き出したかったんだろうか。多分、いや絶対そうだ。
それにしては方法が過激すぎる。思わず呆れてしまった。
「院長って、やっぱりズレてますよね」
気遣いが迷子になっている。
そもそもリリーさんをクロッカス殿下が殺したかもしれないと思っていたから、殺意半分心配半分の愛憎入り混じった言葉だったのだろう。
真相がわかってからは純粋に心配してたんだろうけど、いかんせん言葉選びが間違っている。
えぐえぐ泣きながらショボくれる院長の頭を撫でながら、クロッカス殿下は私に向き直った。
「しかし、ウィスタリアを救うと言っても具体的にどうする。あちらも長い月日を封じられ、恨み辛みも増している。話を聞く事も、説得も難しいだろう」
「せめてなにが原因で堕ちた神になったのか、知れれば良いんですけどね」
グレイもクロッカス殿下に合わせてすぐに意識を切り替え、真面目な顔になる。
悩む私たちとは反対に、院長は笑顔で手を叩いた。
「じゃあ、原因を知ってそうな御先祖さまに話を聞いてくるよ」