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本音

「ウィスタリアを救う手立てがあるのなら、当の昔に実行しているだろう。ウィスタリアや初代国王陛下が生きていた頃は妖精も神も人に近しく、手を取り合って生活していたと聞く。その頃にどうにもできなかったものが、今更どうにかなるとは思えないな」


 私を見つめながら、クロッカス殿下は淡々と無表情で尚も話続ける。


「アイリスは女王としての役割を受け入れ、フラックスや後継の者達も育ってきている。そろそろオレは必要なくなる。―――オレでは役不足かもしれないが、オレが初代国王陛下の代わりに棺に入る。そうすれば周りに不運を振りまくこともない。リリーの遺体もアンバーに返してやれる。その方が確実―――」


 そこまで聞いた時点で、私は殿下に思い切りアッパーをかましてしまった。

 スノウがクロッカス殿下の膝に乗っていたので、身体を共有していた私もそのまま動けないでいた。なので殿下の顎に容赦なくクリーンヒットである。


「サクラ!?」

「嬢ちゃん!」


 両サイドの二人が揃って声を上げ......私を見て押し黙った。

 私の目からは大粒の涙が溢れて止まらない。

 これは私ではなく、身体を共有しているスノウが泣いているのだ。

 涙で視界が悪い中、顎を抑えてポカンと私を見つめる殿下を睨んだ。


「それが殿下の望みですか?」


 グダグダ御託を並べないで欲しい。

 クロッカス殿下は今まで『死ななければならない』とは言ってはいるけど、『死にたい』とは一言も言っていない。

 ただ自分の望みよりも国を優先しているのだ。

 それでもこの人が助かる気にならないと始まらない。ウィスタリアを救うには、院長と同じくらい天才のこの人が必要だ。

 それに。


「スノウを泣かせて、弟たちを悲しませてまで死のうとするのが望みなんですか?」


 幼女を泣かせるな。貴方の娘だろ。

 スノウはクロッカス殿下の話を聞いて、『お父様が死んじゃう』って心の中で大号泣している。

 5歳の女の子の前で、なんて話をするんだ。

 スノウがあまりにも泣くものだから居ても立っても居られず、思わず手が出てしまった。

 それに殿下の両サイドで話を聴いていた院長とグレイも悲しい顔をしていた。

 異母弟と義弟で、長年付き従ってくれた人たちをいきなり放り出さないで欲しい。


「だが......オレは……」


 私の言葉に戸惑うように、クロッカス殿下は視線を彷徨かせる。

 はっきりしない殿下にイラっとくる。思わず胸倉を掴んで、強制的に私と向き合せた。


「貴方がどうしたいか聞いてるんですよ! 殿下がご自分よりも国を優先出来る人間なのは良くわかりました。でもそれは王族として、国を守る立場の意見でしょう? 今は、貴方個人の望みを聞いてるんです」


 今欲しいのは、立場によった冷静な見解じゃない。ただ一人の人間の望みだ。

 言葉にせず、押し殺して諦めたら、それこそ望みは叶わない。

 クロッカス殿下は今まで願っても叶わなかったものが多かったから、諦めるのに慣れているのだろう。

 だけど、自分の命くらい望んでもバチは当たらないよ。殿下を大切に思っている人たちも、それを望んでいるのだから。

 黙り込んでしまったクロッカス殿下を、私は静かに見つめ続けた。


「リリーさんだって、殿下に死んで欲しくないからあんな事したんですよ。そのリリーさんが今は時間を稼いでくれているんです。リリーさんの願いを踏み躙って、何も試さずに、ご自分の死をお望みなんですか?」


 殿下の為なら娘やお腹の子どもまで犠牲にしようとするリリーさんは本当に問題があると思うけど、それだけクロッカス殿下を愛していたのだ。

 リリーさんが代わりに棺に入って時間を稼いでくれている。殿下もリリーさんを愛しているなら、リリーさんの願いを無碍にしたり出来ないんじゃないか。

 今だに泣き止まないスノウに釣られて、私は涙を流したままクロッカス殿下を見つめる。

 暫しの沈黙を経て、クロッカス殿下は躊躇いがちに重い口を開いた。


「オレが......望んでも良いなら......お前たちと、もう少し一緒にいたい。スノウの成長を見守って、アンバーとグレイに今まで通り一緒にいて欲しい。サクラとも......もっと話がしたい。それだけだ......オレの望みなんて、それだけなんだ」


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