頼れる大人たち
「地下に封じられているのはウィスタリア……?」
銀のトレイを片手に持った院長が、微かに目を見開く。
クロッカス殿下の執務室には、いつもの三人が揃っていた。部屋の奥の豪奢な椅子にはクロッカス殿下が座り、左右には院長とグレイが控えている。
内密な話にはこの部屋がぴったりだ。院長の魔法で外から盗み聞きも出来ない。
仕事終わりに執務室を尋ねた私は早速、昨日葵と話したウィスタリアの話を三人に説明した。
「お父様が乗っ取られた時に言ってたの。本当よ」
机に置かれた紅茶に目もくれず、スノウがクロッカス殿下の膝に乗り、必死に殿下の顔を見つめる。
殿下は安心させるようにスノウの頭を撫でて、ふむ、と独り言ちた。
「封じられているのがウィスタリアだとすれば、初代国王陛下が自分の身を挺して封印したのも納得がいくな。己の親のせいで人々に……いや、世界中の生物に迷惑がかかるかもしれないと、責任を感じたんだろう」
クロッカス殿下の言葉に、側近二人も異を唱えない。
信じてもらえてよかった。まずはその事にほっとする。
王家の始祖であるウィスタリアが闇落ちして封印されているなんて、なんて不敬な事を言うんだと罰せられる可能性もあった。
なのでこの内容を話す人間は最小限にしたかったのだ。
クロッカス殿下なら娘のスノウを罰しようなんて考えない。院長は嘘が見抜けるので、冗談でこんなことを言っているわけではないと証明してくれる。グレイは口が堅いし、異母兄思いの彼はこの後のことを言えば協力してくれる。
私は殿下に撫でられてご満悦のスノウと交代して、遠慮がちにクロッカス殿下を見上げた。
「ウィスタリアを救えれば、クロッカス殿下の呪いも解けると思うんです。殿下を呪っているのも、乗っ取ろうとしているのも、ウィスタリアなのですから」
微かに目を開いたクロッカス殿下とは対照的に、グレイが身を乗り出す。
「そうか! ウィスタリアを救えれば、兄上が乗っ取られることもない。封印を解いて国を脅かすこともなくなるから、兄上は死ななくて良くなるんだな!」
「殿下がまた乗っ取られたらボクが殺してあげるって言ってるのに、殿下はボクに迷惑はかけられないって言うんだよ。殿下に迷惑をかけられるほど、ボクは弱くないのに」
嬉しそうなグレイに、ツーンとそっぽを向きながらも嬉しそうな笑みを隠せてない院長。
やっぱり乗っ取られる不安があるから、クロッカス殿下は死のうとしてたのか。
死ななかった―――死ねなかったのは内乱で混乱する国を放っておけなかったからだ。アイリスは幼く、後見になるような力のある王侯貴族たちはシアン侯爵が内乱で始末してしまった。
クロッカス殿下しかいなかったのだ。
逆に国を思うからこそ、堕ちた神に乗っ取られて封印を解除してしまう危険性がある自分は死んだ方が良いと思っていたんだろう。
だからクロッカス殿下も喜んでくれると思っていたのだが、現実は違った。
「そう上手くいくと思うか?」
クロッカス殿下の冷静な一言に、その場は水を打ったように静まり返った。