ウィスタリア
DLCが始まらないという事は、『悪役令嬢』として私が巻き込まれることはない。
久しぶりの心からの安心感と開放感に満たされたのもつかの間、私は葵が複雑な顔で私を見ているのに気が付いた。
私が良くても葵の問題が解決していない。
私は再び気を引き締めて、葵に向き直った。
「葵は虹の女神と何か約束をしてこの世界に来たんでしょ? どんなことを約束したの?」
葵は私の意識……魂? を取り戻すためにこの世界に来たのだ。
その際にこの世界の最高神である虹の女神と何らかの約束をしたと言っていた。それが解決しないと、葵は元の世界に帰れない。
転生してしまった私が元の世界に帰れるかは置いておいて、最高神との約束を破るわけにはいかない。
妖精の子孫である院長が規格外なのに、最高神なんてはるか上の存在である。サボってるなんて言われて天罰が下ったら、抵抗も出来ないだろう。
葵は相変わらず複雑そうな顔で口を開いた。
「虹の女神さまからは『ウィスタリアを助けてほしい』って言われてるの」
「ウィスタリアを?」
ウィスタリアの王族の始祖で、虹の女神の子ども。ウィスタリア。
御伽噺ではウィスタリアが誤って地上を黒く染めてしまった後、『雪の妖精』が世界を雪で白く染めて消えてしまう。
その後、雪の下から咲いた花で覆われた地上を、ウィスタリアは見守ることを決めた―――という話だ。
そのウィスタリアを助けるってどういうこと?
疑問しか浮かばない私の頭に、直接響く声がした。
『お姉さま……。ひょっとして……』
スノウだ。
今まで話の邪魔にならないように静かにしていた良い子が、わざわざ話しかけてきたのに耳を傾ける。
『お父様を乗っ取った怖いのが言ってたの。我が息子を使って私を封印するなど……って』
そうだ。クロッカス殿下が10年前、堕ちた神に乗っ取られている時に言っていた。
しかも初代国王陛下の棺を見ながら、だ。
初代国王陛下の親はウィスタリアだ。
つまり、地下に封印されている堕ちた神はウィスタリアって事!?
それを助けろって葵は言われてるの!?
御伽噺の『世界を黒く染めた』って言うのはウィスタリアが闇落ちして暴走した比喩で、『雪の妖精』が闇を白く覆って消えてしまったって言うのは、ウィスタリアを封印して『雪の妖精』も身動きが取れなくなったって話だったって事?
しかしウィスタリアを助けるって事は、地下の封印を解いて自由にするって事に他ならない。
そんな事をしたら地上は悲惨な事になる。
「葵。ウィスタリアがどういう状況か、DLCで言われてるの?」
慌てて尋ねた私に、葵は困ったような笑顔を浮かべる。
「アンバーが封印を解こうとしているのがウィスタリアなんだろうな~っていう、状況証拠はあるよ」
ドラマやアニメの犯人当てが得意だっただけはある。考察力が満点だ。
私は陰でそっと拳を握りしめつつ、表向きは笑顔で葵に向き合った。
「でも葵はDLCを起こそうなんて考えてないでしょ?」
「うん。私は『恋革』も好きだし、今まで暮らしてきたこの国が好きだからさ。無暗に皆を混乱させるような事はしたくないんだよね」
そうだ。葵は『恋革』が好きだった。それに10年も過ごしてきた世界を滅茶苦茶に出来るような性格じゃない。
拳で説得せずに済んで、思わずほっと胸を撫でおろす。
しかし葵が困っているのも事実だ。
私もDLCがうっかり始まるのを防ぎたい。
そこで私は迷いなく提案した。
「こういう時は頼れる人たちに相談しよう」