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ウイルス

 葵はアイリスの好意には全く気づいてないんだろうな。

 中身が女の子というのもあるけど、葵は昔から鈍かったからね。仕方ない妹だ。

 生暖かい笑顔で葵を見つめていたら、怪訝そうな顔をされた。


「なに?」

「いや、別に」


 慌てて目を逸らすと、ますます怪しまれてしまった。

 下手に突っ込まれない内に、私は別の話題を口にする事にした。


「葵は『恋革』のDLCの内容って覚えてる? 知ってる事があったら教えて欲しいんだ」


 私の知らないDLC。

 院長が真ボス疑惑があったけど、それも私の憶測でしかない。

 これまでの事を考えると、絶対にDLC絡みで事件が起きる。何かが起こる前に対策が取れるなら取りたいし、せめて話の流れを知っておきたい。

 DLCまでプレイしている葵がいれば、これまでと違って何とかなるかもしれない。

 そんな淡い期待は、早々に蹴散らされることになる。


「あー……それがさ」


 葵が露骨に目を逸らした。

 そのまま何故か黄昏たように遠くを見つめて黙り込んでしまった。

 妙に歯切れが悪い。余程、話したくない事でもあるのだろうか。

 疑問に思いつつも葵の返答を待っていると、ようやく決心がついたようで葵が私の方へと向き直った。


「DLCがバグまみれで、クリア出来た人の方が少ないんだよね」

「え?」


 思わず聞き返してしまったが、葵には苦笑いを返された。

 いや、笑うしかないという顔だ。口元は笑顔でも、目が虚ろになっている。


「見えない壁にハマって永遠に動けなくなるバグから始まって、ロード画面が終わらなかったり、戦闘画面なのに敵がいなくて通常画面に戻れなくなるのが日常茶飯事で……」

「それ、ゲームとして破綻してない?」


 テストプレイとかしなかったのか。

 ひょっとしたら、ゲーム会社的に売れると思ってなかった『恋革』が大ヒットしたせいで、急遽DLCを作ったのかもしれない。

 だからって、その状態で市場に出したらダメだろう。大炎上待ったなしだ。

 余りの事に呆れていたら、葵は自分の顔を手で覆って嘆き始めた。


「バグが起きるセーブ前に戻れば良いんだけど、オートセーブで何故か勝手にセーブデータが上書きされて、バグったまま進まないデータしか残らないし……。オートセーブを設定で切っても、バグで勝手にオンになるから、バグが起きた瞬間にゲームを切る瞬発力と判断力が求められる別ゲーに変貌してるの」

「そんな事ある?」


 おかしいな。乙女ゲームの話を聞いていたはずなのに、リズムゲームみたいな話になってきている。

 これって、もしかしなくてもクソゲーなのでは?

 聞いただけでもヤバい臭いがプンプンする。

 しかし葵の話はまだ続きがあった。


「しかもDLCの内容も、攻略対象6人ともコピペしたみたいにほぼ同じで、偶に攻略対象の一人称すら間違えてるし、スチルも使い回しだし、ボイスもないし……」


 葵の怨嗟の声が響く。

 指の間から見える葵の目が座っている。

 乙女ゲームなのにシナリオをコピペしたらダメだろう。時間がなかったにしても酷すぎる。

 多少操作性やゲームシステムに問題があっても、シナリオが良ければある程度カバーされるはずなんだけど、それすらなかったのか。

 乙女ゲームが好きな葵にとっては、それが一番ショックだっただろうな。

 同情していたら、ようやく葵は顔を上げた。

 破れかぶれにと言った様子でため息を吐く。


「仕方ないから『恋革』本編を楽しもうとすると、DLCのバグが引き継がれて、まともに遊べなくなっちゃうの」

「もうそれDLCじゃなくて、コンピューターウイルスじゃない?」


 元々問題がなかったゲームのデータにまで悪影響を及ぼすのはヤバすぎる。

 ドン引きする私に、葵は同意するようにうんうんと頷く。


「批判が殺到したからか、『恋革』のゲーム会社もすぐに修正パッチを出してくれたんだけど……」

「あ、すぐに対応してくれたんだ」


 流石にね。売れてるゲームだったから、会社も切り捨てる事はなかったか。

 それで一安心と思ったら、葵の目が再び死んでいるのに気が付いた。

 なんだろうと思ったら、葵はヤケになったようにふっと笑った。


「パッチを当てると、バグが増えるの」

「ダメじゃん」


 もう根本のデータからダメな奴だよ。1から作り直した方が早いんじゃない?

 そうは思うが、一度製品として世に出ると難しいのかもしれない。

 葵が死んだ目で淡々と話を続ける。


「次々出るパッチとドンドン増えるバグで『恋革』は大炎上……。その内、公式からなんの音沙汰もなくなっちゃって……」

「地獄絵図……?」


 『恋革』はあんなに人気だったのに、そんな問題を起こしたら二度と新作は出ないだろうな。

 世の無常を悟っていると、葵は大げさに肩を竦めた。


「一番バグが酷いのが、DLCの最終戦なんだよ」

「ひょっとしてその最終戦の相手って院長……アンバー?」


 私の疑問に葵は驚いたように目を見開いた。


「よく知ってるね、お姉ちゃん。そうなんだよ。『雪の妖精』そっくりのアンバーが相手なんだけど、普通は通れない壁は走るし、ワープするし、透明になったり宙に浮いてこっちの攻撃が届かないところから一方的に攻撃してくるし、体力を削ったと思ったら全開で復活するしでクリアが難しいってレベルじゃないんだよね」


 その戦い方、めちゃくちゃ既視感がある。

 なんせ院長がよく使う手段だからだ。


 バグみたいに強いと思ってたら、本当にバグだったんだ……。


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