笑えばいいと思うよ
葵は難なくアイリスを抱きとめる。葵は今、男の身体だから、華奢な体のアイリスを支えるくらい容易い。
「どうしたの? アイリス」
葵は心配そうにアイリスの肩を支える。アイリスは涙の滲んだ顔で葵を見上げた。
「アオイは誰にでもこうするんですか……? いつでも相談に乗るって言ってくれたり、食べたこともないものを作ってくれたり。誰にでも優しいんですか……?」
完全に二人の世界である。
私はポカーンと口を開けたまま、置いてきぼりを食らっている。
「アイリスは特別だよ。アイリスが背負ってる物は一般の私とは違って比べ物にならないくらい大きいからね。私は攻りゃ……強い騎士たちと違って、アイリスを守ったり出来ないけど、重荷で倒れそうな身体を支えるくらいはしたいんだ。だから、いくらでも相談して。私に出来る事は少ないけど、出来るだけ力を貸すから」
「アオイ……!」
葵を見つめるその瞳は、どう見ても恋する乙女そのものだ。
葵は……前世の女友達に対する笑顔と変わらない。それはそうだろう。中身は女の子である。
でも葵は10年間、男の身体で過ごしているわけで……。
だけど今まで話した限り、昔と趣味嗜好は変わってない気がするし……。
ただ昔だったら攻略対象にアタックしに行くような気がするから、それがないのは男の身体の影響なのだろうか? それだと恋愛対象も女性に変わってたりする……?
……………。
こんな時、どんな顔をすればいいか、わからないよ……。
私の混乱を余所に、再び葵の持っていた指輪が怪しげな光を発し始めた。
「あ、もう時間みたい。またね、アイリス! 今度はゆっくり話せるといいね!」
「はい!」
アイリスが笑顔で元気に返事をしたところで、再び部屋が指輪の光に包まれた。
目を開けた時には、アイリスの姿はいなくなっていた。
元の場所に戻ったのだろう。
葵は頭を掻きながら、私の方に視線を戻した。
「本来ならアイリスが使うものだからか、今みたいにたまにアイリスを呼び出しちゃってさ。最初に会った時、ロータスと逃げるのに失敗して落ち込んでたから、色々話聞いたり、出かけたりしてる間に仲良くなったんだ。どうも呼び出した時に都合よく時間が前後して、騒ぎにはなってないから良いよね?」
「ダメじゃないかな。女王陛下だよ? 何かあったらどうするの」
言い訳じみた葵の発言を、冷めた目でバッサリ切り捨てる。
「立場っていうものがあるんだから、軽々に外出しちゃダメでしょ。しかも逃げ出した前科持ち。葵が目を離した隙にいなくなったらどうするの?」
私が言うまでもなく、葵だって理解していただろう。痛いところを突かれたというように、誤魔化すように苦笑いしながら私から目を逸らす。
「そう……なんだけど……。私、アイリスが主人公として成長する過程も物語的に好きだったし……。どうせならコイバナとか聞きたかったしさ……」
「コイバナが聞きたかっただけでしょ」
そういうところは前世から変わってない。
お母さんと葵で、どの子が誰が好きだの良く盛り上がっていた。私も嫌いではないのだが、主に聞き専だ。
葵はぐぅの音も出ない顔で暫く押し黙っていたが、己の両手を握りしめてバッと私の方に勢いよく振り向いた。
「でもお姉ちゃんだって気にならない? アイリスが好きな人って誰だと思う?」
アンタだよ。
そう言いたいのも山々だが、妹は外身が男で中身が女とかいう複雑すぎる事情だ。
家族でも『どっちの性別が好きなの?』なんてセンシティブな事は聞きずらい。
それも踏まえて、女性から行為を持たれていると知ったら葵はどう思うだろうか。
反応が未知数すぎる。
だから私は苦笑いを浮かべてこう答えるしかなかった。
「さぁ……誰だろうね……」