姉妹
葵は自供を始めた犯人のように項垂れた。
「うん……。私も……物語に干渉したよ。だって、フラックスの時はお姉ちゃんが虐められてたし」
「え? 虐められてないよ。クロッカス殿下の事で因縁を付けられてただけ」
そういえばフラックスには初対面で壁ドンされて、喧嘩売られたんだっけか。懐かしいな。
思い出して微笑ましくなる私と違って、葵は両手を握りしめて抗議してきた。
「それを虐められたって言うの! 『恋革』でスノウはフラックスに詰め寄られて、ショックで寝込んじゃうくらいだったんだから!」
「そりゃ精神が5歳のスノウに取ったら、男性に詰め寄られたら怖いだろうけどさ。私はほら、鍛えてるからちょっとやそっとじゃ動揺しないよ」
誕生日に狼の群れに放り込まれたり、洞窟に放り込まれたりすると、そんな細かいことで一々動揺しなくなる。修行はメンタルも成長させてくれるのだ。
しかし葵は難しい顔で首を横に振った。
「私はそうは思わなかったの。ゲームの知識が先行しちゃったせいかもしれないけど、相手は貴族だし、変な強硬手段に出られてもお姉ちゃんが困ると思って……クロッカス殿下の所から『真実の水鏡』を拝借して、アネモネの所に放り込んでおいたの」
「やりすぎだよ。なにやってんの」
思わずドン引きしてしまった。
クロッカス殿下の所に盗みに入る度胸も凄い。普通だったら捕まって終わりだ。
しかし葵は平然としている。
「だってそれくらいの事件があれば、フラックスはアネモネにかかりきりになるでしょ。お姉ちゃんから意識がそれると思って」
「いや、そうなんだけどさ……。周りの被害とか考えなかったの?」
アネモネは屋敷内を凍り付かせながら歩いていたのだ。屋敷の外に出ていたらどうなっていたか。あの屋敷で働いていた使用人はすぐ避難したから、誰にも被害が出ずに済んだけど。
葵は少し悩むような素振りで顎に手を置いた。
「考えたけど、『水鏡』を盗んだ時、ゲームでの必要行動を起こしたらすんなり手に入ったから、この世界でもゲームの行動って有効なのがわかったんだ。だからアネモネを起こしたら、クロッカス殿下が絶対に気づくと思って。ゲームでもそうだったし。あとはゲーム通りにクロッカス殿下がフラックスを助けて、二人の誤解が解けるって考えてたんだけど……」
そこで葵は私をじっと見つめた。
「なんでお姉ちゃんが巻き込まれてるの?」
「わかんない……。でもさ、ゲーム通りならルートボスのアネモネの場面って本来、フラックスだけじゃなくて主人公のアイリスもいるべきじゃん? その分の人数合わせ……とか……?」
「え……でも、それならお姉ちゃんじゃなくてもいいじゃん……。それこそアイリスとかが劇的に助けるとか……」
葵が話しながらも段々と声が小さくなって、目線を逸らしていく。今更その可能性に気づいたに違いない。
私と葵がおかしな挙動をしたから、世界が認識をバグらせてしまったのだろうか。
円環の理だか抑止力だか知らないが、人間の行動でバグるんじゃない。ちゃんと仕事しろ。
こればかりは事実が本当にわからないので、葵にはフォローを入れておく。終わりよければ良いのだ。
「……単純にタイミングが悪かったせいかもしれないから……。それにしても葵、フラックスに対して当たりが強くない? 『恋革』の攻略対象は皆好きって言ってなかった?」
葵の推しはジェードだが、それ以外の攻略対象も皆好きって前世で聞いた覚えがある。
「うん、皆好きだよ。でも、お姉ちゃんには……変えられないよ……」
葵は途端に泣きそうな顔で、私を見つめてくる。
前世で事故から庇ったことが尾を引いている。こんな顔をする子じゃなかった。
葵を庇ったのはとっさの行動だったし、同じことがあったら同じことをする自信があるけど、そのせいで葵を傷付けてしまった。
言葉が出ない私に、葵は無理矢理笑顔を見せる。
「お姉ちゃんの事は私が助けるから、安心して」
「葵……」