密会
院長とグレイは気の済むまで殴り合って、お互いにスッキリした顔で矛を収めた。
ボロボロになってるのは主にグレイだけど。
そんな状態のグレイは帰宅する私に同行出来ないと言う事で、別の人物が私を送ってくれる事になった。
そもそもグレイに家まで送って欲しいって言ったのは、過去の事を聞き出す口実なだけなんだけどな......。
一人で帰れると私が主張しても、殿下も院長もグレイも了承してくれなかった。
三人とも私を幼児だと思ってるんだろうか。もしくは帰る途中で事件に遭遇する死神的な存在だと思われてるのか? 解せない。
「なに難しい顔してるの? サクラ」
そう尋ねてきたのは、一緒に帰る事になったジェードだ。『影』の本部で別れた後、私を心配して見に来てくれたのだろう。
良い弟を持って私は幸せである。
それはそれとして、また院長に無茶振りされて私の帰宅に付き合わされるジェードが可哀想すぎて、思わず申し訳ない顔になる。
「ジェードに申し訳なくて......。ごめんね、仕事終わりなのに。院長からこんな雑用任されて」
「ううん。サクラの護衛なら喜んでやるよ」
ジェードはにっこりと天使のような笑みを浮かべた。
私の弟、良い子すぎる。もっと上司のパワハラの愚痴とか言っていいんだよ?
院長も院長で、ジェードの姿を見かけた途端に思いつきで頼むんだから。職権濫用するな。思わず院長に腹パンを入れてしまった。
院長は私に殴られて悲しそうな顔をしてたけど、全くダメージは入っていなかった。もっと鍛えねば。
心の中で特訓の決意を固めると共に、私はジェードにお礼を兼ねてある提案をした。
「お礼と言ってはなんだけど、夕食一緒に食べない?」
「いいの?」
「もちろんだよ」
私の言葉にジェードは嬉しそうな顔をする。こういうところは昔と変わっていない。
私も釣られて笑顔になりながら、話を続けた。
「もう夜も遅いし、家で作るからおいでよ。なんなら泊まって行ってもいいよ!」
「......ごめん、やっぱり止めておく」
ジェードは凄く複雑そうな顔で悩んだ挙句、キッパリ断ってきた。
「えっ。影って他人の家にお泊まりNGなの?」
「......そんな感じ」
歯切れが悪い。
でもダメなら仕方ないな。お礼はまた後日、別の形にしよう。
残念がる私を見て、ジェードがふと笑った。
「......良かった。サクラがそんなに悩んでなさそうで」
やっぱり心配してくれてたのか。
ほっとしたような顔のジェードに、私も笑顔を向ける。
「色々あったけど、ちゃんと解決したから大丈夫。まだ残ってる問題もあるけど......」
そうだ。あの人の事も問い詰めないといけない。『ゲーム』という言葉が通じた、あの人はきっと......。
「ねぇ、ジェード。何処かに密会にちょうど良さそうなところってあるかな? 二人きりになれて、人が絶対来なさそうな場所」
思いついたまま、口に出てしまった。
どんなスパイ活動だよ。
ジェードも驚いて絶句している。
「え? 二人で? 密会? ......誰と?」
「男の人と」
「男!?」
ジェードが何故か詰め寄ってきて、私の両手を自分の両手で握りしめる。
「なんで!? どういう目的で!? ひょっとして......こくは」
「暴力に訴えてでも聞き出さないといけない事があってね。人が来たら邪魔なんだよね。......ん? ごめん。なんか言った?」
ジェードの最後の言葉と被せて答えてしまったから、最後だけ上手く聞き取れなかった。
首を傾げる私にジェードは何故か安心したような笑顔を見せる。
「ううん。なんでもないよ。僕はそういうところ、良く知ってるから任せて」
天使のような笑顔で頼もしい答えが返ってきた。
これなら安心だ。後は目的の人物を問い詰めるだけである。
ジェードと同じように笑顔を浮かべる私に、心の内から声が聞こえてきた。
スノウだ。
『お姉さま、この子......アンバーに似てるね』
この子と言うのは目の前のジェードのことだろうか。
確かに両方とも可愛い系統の顔つきだから似てなくもないけど、院長が人外みある美貌だし、ジェードはまだ私より背が低くて幼いから、そんなに似てると思わなかったんだけど。
それを伝えると、スノウが少しムッとしたのが伝わってきた。
『そんな事ないよ。髪の色とか目の色が違うだけで似てるもん。あの子、大きくなったらアンバーにもっと似ると思うの』
そっか、スノウが言うならそうかもしれない。確かに、院長にある人外みを薄めたら似てるかも。
ひょっとして何処かで院長とジェードに血縁関係でもあるんだろうか。
まぁ、院長の事だし、スノウが生まれた後に『この子が影を継ぐなんて可哀想だな〜』って考えて、適当に自分の子ども作った可能性もあるけど。まさかね〜。