理想の姿
クロッカスのかけ声でアンバーが眼鏡を取り出した。
今までアンバーがそんなものを使っていたのを見たことがなかったシルバーが怪訝な顔をする中、アンバーが眼鏡をかける。
すると一瞬のうちにアンバーが別人へと様変わりした。
金色の瞳は変わらないが、シルバーと同じ年頃に見える茶髪の少年だ。普段の妖精じみた容姿とは異なるその姿に、シルバーはどこか既視感を覚えた。
「お前、その姿……」
思わず尋ねようとしたシルバーに、執事姿のアンバーはにっこりと胡散臭い笑みを浮かべた。
「殿下の所ではこの姿なんですよ。名前はアンバーのままですけどね。よろしくお願いします、シルバー殿下」
「敬語使うなよ、気色悪い」
げんなりとしたシルバーに、アンバーは口元を抑えてクスクスと笑う。そうしていると、別人の姿でもアンバーとわかってほっとするやら、イライラするやらで心境は複雑だ。
だから、最初に尋ねようと思ったのが馬鹿らしくなって止めた。
アンバーの今の姿は、父親を模してるんじゃないかと。
シルバーを助けてここまで連れてきてくれたのは、『影』であるアンバーの父親だった。その姿に、今のアンバーは似ていた。似ていないのは金色の瞳だけだ。
しかし親子と言ってもあの二人には距離がある。シルバーから見ても、あくまで上司と部下の関係にしか見えない。
もしアンバーが父親似だったら。
姉と離れ離れにならず、父親とも普通の親子として過ごせたかもしれない。
琥珀の瞳に父親似の姿―――それが『アンバー』の理想の姿なんじゃないか。
そこまで聞くほど野暮じゃないので、言わないでおく。
そんな二人の様子を微笑ましそうに見ていたクロッカスが、ふと思いついたように口を開く。
「シルバーは王族に戻りたいか?」
「戻りたくありません」
王様も嫌だが、王族に戻るのも面倒だ。
仏頂面で答えたシルバーに、クロッカスは困ったように笑った。
「そうか、わかった。ならその名前で呼ぶのは止めておこう。そうだな……。グレイ。お前はシルバーに戻るまでグレイだ。どうだ?」
「はい、あにう……殿下」
それなら一生グレイのままでいい。王族になんて戻りたくない。
先の仏頂面はどこへやら、素直に頷いたシルバー……グレイに、アンバーは若干引いた顔になる。
「ブラコン……」
「うるせぇよ、シスコン」
「そうですけど、何か?」
再び言い合いを始めた二人に、クロッカスは笑い出した。
シルバーの過去編はこれにて終了です